第77話 輝ける三つの星
マーガレットは地面に落ちた扇子を拾い上げて、扇子に付いた土を手で払う。
すると背後から、ゼファーが剣をしまいながら近付いてきた。
「マーガレット嬢、君のおかげで助かったよ。その扇子が暗殺者の頭に当たらなければ、今頃私はこの世にいないだろう」
「いえ、私は扇子を投げただけです。倒したのはこちらのクレイグですわ」
マーガレットから紹介されたクレイグは、持っていた木の棒を背中に隠して礼をする。
するとゼファーは、右手を出してクレイグに握手を求めた。
「クレイグ、暗殺者を前にしての君の勇敢さには感謝しかない。首を斬られて死ぬなんてごめんだから、助かったよ……いつものことではあるのだが、彼らは私の命を狙っていたようだし」
「ゼファー殿下をお守りすることができて光栄です」
クレイグは礼をすると、すぐにマーガレットの後ろへと下がった。
マーガレットにはひとつ気になることがあった。
「でも、なぜ暗殺なんて……」
「私とシャルの母は、他国の王女だった人だ。祖父の時代には他国との婚姻でいろいろとあったから、この国には私が上に立つことを嫌がる人もいるのだろう」
マーガレットはローゼンブルクの王太子候補の話を思い出す。
王太子に一番近いのは―――ゼファー殿下。
つまりゼファー殿下が王太子になるのを阻止するための暗殺だった?
ゼファーの平然とした態度から、こんな恐ろしいことが日常なのかもと察すると声も出ない。
事切れた暗殺者を運んでいく様子を横目に、ゼファーはひっそりと呟く。
「……大人に近づけば近づくほど、嫌なものが見えてきて大変だ。そう思うと、あのまま死んでしまったほうが楽だったのかもしれない……」
「……ゼファー殿下?」
「あ、いや、いいんだ。ただの独り言さ……それにしても君は頼りがいのある令嬢だね。アヴェルやシャルが気に入っているのもわかる気がするよ」
「頼りがいだなんて……お褒めいただきありがとうございます。アヴィもシャルロッテもとっても大事なお友達ですわ」
令嬢に頼りがいがあるなんて普通は誉め言葉ではないのだが、マーガレットが自慢げなのでゼファーはそれ以上何も言わずにただ笑った。
アヴェルの次期婚約者は面白い娘だ。
これは玉座も、うかうかしていられないかもしれない。
「シャ、シャルロッテ様。落ち着いてください」
突然、慌てた騎士の声が耳に入る。
マーガレットが振り向くと、倒れた暗殺者を機械のように蹴り続けるシャルロッテを、二人がかりで止める騎士たちの姿があった。
「おっと……」
ゼファーはすぐにシャルロッテのもとへと向かうと、後ろから抱き締めて耳元で何かを囁く。
するとシャルロッテは火が消えたように眠り、ゼファーにお姫様抱っこされてこちらにやって来た。
「すまない。シャルを安心させるのを忘れていたよ」
「あの、シャルロッテは一体?」
「ああ、君は見るのは初めてだったのだね。驚いただろう。これがシャルの賜物『人格防御』さ」
「じんかくぼうぎょ?」
「そう。シャルに危険が迫った時や感情が抑えられなくなった時に、いつものシャルと入れ替わって、シャルを危険から守ってくれる賜物。自衛には持って来いだが、シャルの感情次第で今のように延々と敵を攻撃してしまう時もある」
「そんな賜物だなんて……まったく知りませんでした」
「シャルはこの賜物を嫌っているからね。特に友人の君には知られたくなかったのだろう」
シャルロッテの『人格防御』という賜物。
まだ信じられないけど、いろいろと合点がいく。
シャルロッテの部屋で、ひっくり返ったテーブルやソファ。
前にお茶会で、令嬢に怪我をさせるかもと怯えていたシャルロッテの様子。
きっとシャルロッテは、自分の知らない間に誰かを傷つけてしまうことを恐れていたのね。
今はただ、ゼファーの腕で幸せそうに眠るシャルロッテを、マーガレットはただただ見つめていた。
★☆★☆★
マーガレットは、眠るシャルロッテとゼファーたちに別れを告げると城をあとにした。
帰りの馬車の中で、マーガレットはある可能性に気付く。
もし、もしもよ。
さっき私が暗殺者に扇子を投げなかったら、ゼファー殿下はどうなっていたのかしら。
ザザルートでミュシャがアヴェルをスパイしていたのも、何かの復讐だった気がする。ゼファー殿下がほとんど登場しなかった理由って……。
その瞬間、シャルロッテの生気を失った顔がマーガレットの頭をよぎる。
母を亡くし、友人のメリージェーンを失い、そのうえ、ゼファー殿下まで失ったら……あの子はどうなるの。
考えただけでも背すじがゾッとしたマーガレットは考えることをやめた。
マーガレットが馬車の窓から空を見上げると、真っ暗な夜空に煌煌と輝く三つの星が存在感を放っていた。
まるでもうすぐ訪れる、嵐の季節を予見しているかのように――
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第1部はこれにて終了です。
終わりですが、第1部の大事なところをストーリー形式でまとめた78話を本日夜に投稿します。
第2部につながる部分をおさえてありますので、よかったらお読みください。




