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第76話 暗闇からの襲撃

 マーガレットの小説を読み終わったゼファーは、ノートをテーブルに置くと眉間にシワを寄せて黙り込んだ。

 その静けさから、何とも言えない空気が流れている。


 や、やっぱりつまらなかった……?


「……なかなか過激な内容だね。公の場で婚約破棄かぁ……婚約は家と家とのつながりだ。それを身勝手な理由で婚約破棄なんて、この王子は王の素質なしととられて王太子の地位を剥奪されるんじゃないかな。騎士も爵位が低すぎると王女との結婚は許されないから、伯爵位以上に爵位を上げないと――」


 ゼファー殿下は私の拙い小説に『監修・ゼファー殿下』と記載したくなるほど詳しいアドバイスをくれた。


 やっぱり読む人が読めば、おかしな点がある内容なのね。

 これからはよく勉強して書くようにしましょう。


「それにしても本当によく書けているね。八歳の子が書いたとは思えない。将来は本当に作家かもしれないな」

「本当ですか!? それは、ちょっと本気で作家を考えてみちゃおうかと思います」


 ゼファーのムチからの流れるようなアメに、マーガレットはすぐに調子に乗った。

 背後に控えているクレイグの「ただのお世辞です。それ以上、恥を重ねるのはやめなさい」という無言の視線が背中に痛い。


「……はは、ご両親ともよく相談して決めるといい」

「はい、そういたします」


 女性はまだ活躍しにくい、この世界。

 その世界で私に作家を勧めるなんて、ゼファー殿下って十五歳なのにとっても理解があるのね。


 シャルロッテがお兄様大好きなのも、令嬢たちやメイドたちが胸をときめかせる理由も、ほんのちょっとだけわかったかもしれない。



 ゼファーは部屋の時計に目をやる。

 時刻は夕方五時の刻を過ぎていた。


「おや、もうこんな時間か。マーガレット嬢、暗くなってきたし君もそろそろ帰ったほうがいい」

「そうですね、そろそろお(いとま)させていただきます」

「私も城に用事があるから途中まで送ろう」


「あ、待って。ワタクシもマーガレットを見送ります!」


 つい数時間前までぐったりしていたのが嘘のように、シャルロッテはマーガレットの腕にすっぽんのようにしがみついている。


 二人の様子を見たゼファーはクスリと笑った。


 これではどちらが年上か、わからないな。

 シャルが()以外にこれほどまでに懐く娘がいるとは。



 マーガレット・フランツィスカ。

 もうすぐ弟のアヴェルの婚約者になる令嬢。


 そしてフランツィスカ家の娘。

 王家とフランツィスカ家にはいろいろとあるが、これまでと同じで着かず離れずの距離を保つべきか。


 視線を感じたマーガレットが振り向くと、ゼファーがこちらに向かって(きら)びやかな王子様スマイルを浮かべていた。


 少女漫画のお手本のような王子様スマイルに、マーガレットは目を細めた。


 ま、眩しい。目がくらむようだわ。


 こんなキラキラしたゼファー殿下がゲームに登場していないのは、やっぱり違和感を感じる……何か理由があるのかしら。




 一同が翡翠宮の庭園へとたどり着く頃には、外はすっかり日が暮れていた。


 明るく緑あふれる昼間と違い、夜の中庭は真っ暗な闇に包まれている。

 マーガレットはそのまま暗闇に吸い込まれてしまいそうな恐怖を感じた。


 その時、中庭の奥で何かが一瞬キラリと光った。


「?」


 その光にマーガレットが疑問を抱くヒマも与えず、それは高速で近付いてきた。


 闇から現れたのは、漆黒の衣装に身を包んだ者たち。

 次に揺らいだのはナイフの一閃。


 ―ガチンッ。


 刃物がぶつかり合う音が周囲に響く。


 マーガレットは目を疑った。


 つい数秒前までマーガレットの腕にしがみついていたはずのシャルロッテが、目の前で黒ずくめの者たちと剣を交えていたのだ。


 ―カキン、カキン、カキッ!


 それも並外れた剣技で、シャルロッテ一人で黒ずくめ二人の相手をしている。



 え、シャルロッテ? 本当にシャルロッテなの?

 剣なんて生まれてから一度も握ったことなさそうなのに。


 マーガレットが声も出せずに呆然と見ていると、背後からクレイグとターニャがマーガレットを庇うように覆いかぶさった。


「お嬢様、僕たちは騎士様たちの邪魔にならないように下がりましょう」

「マーおじょうさま、こっち」


 三人が這いずるようにしてたどり着いた生け垣には、すでに先客がいた。

 彼は目を狐のように目を細めると、マーガレットたちを笑顔で迎えた。


「ようこそマーガレット嬢。非戦闘員の私たちはこちらで身を隠していましょうね」

「……ミュシャ様」


 ゼファーの右腕ミュシャ・ヴァレンタインは、この緊急事態にも特に混乱する素振りもなく、平静を保っている。暗殺者の動きを観察していたミュシャはため息を吐いた。


「はぁ~、これはやっぱりゼファー殿下が狙われてるわねぇ」


 シャルロッテと騎士二人の周囲には黒ずくめの暗殺者が三人。

 ゼファーと騎士五人の周囲には六人。

 ミュシャの言う通り、暗殺者はゼファーに集中している。



 あれ、何だろう……何か違和感が。


 マーガレットは頭の片隅に何か引っかかるものを感じた。



 狙われているゼファーは自分への殺意を察したらしく、「またか」と眉を潜ませると悲壮に満ちた表情で剣を振るっている。

 護衛騎士たちと協力して一人、また一人と倒し、暗殺者はあと一人。


 しかしそこで、マーガレットは先ほどから感じていた違和感の正体に気付き、青ざめた。


 あれ、護衛の騎士って六人じゃなかったかしら。

 でも今は一、二、三…………七人いる……一人多い!? まさか――


 ゼファーが最後の暗殺者の間合いに踏み込むと、ゼファーの背後を守っていた騎士が突然振り返ってゼファーへと斬りかかった。


 ―あ、あぶない!


 騎士に化けた暗殺者の剣先は、ゼファーの首をしっかりと捉えている。


 その瞬間。

 マーガレットは右手に身体強化の賜物(カリスマ)を施すと、持っていた扇子を思いっきり投げた。

 人の域を超えたスピードを出した扇子は暗殺者のこめかみにクリーンヒット!


 すると生け垣から飛び出したクレイグが、転がっていた木の棒で暗殺者の脳天に一撃を食らわせる。


「ぐはっ」


 暗殺者はその場に崩れ落ちた。


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