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第75話 思い出の場所

「…………マー……が、レ………と…………?」


 シャルロッテの消え入りそうな声が聞こえ、たまらずマーガレットは駆け寄ってシャルロッテの手を握る。


「シャルロッテ、私よ!」


 明るくなった室内から見えたシャルロッテの顔は、すっかりやせ細って覇気がない。その姿は痛々しく、マーガレットはシャルロッテを強く抱き締めた。


「マーガレット、マーガレット。心配かけてごめんなさい、ううっ」

「シャルロッテ……」

「弱いワタクシでごめんなさい……うっ、ダメね。ここにいるとどうしてもメリージェーンのことを思い出してしまって、涙が止まらないの」

「あなたは弱くなんてないわ。あんなに仲が良かったんだから……私も、一緒に泣こうと思って来たの」


 その瞬間、緊張の糸が切れたようにシャルロッテは大きな声で泣き出した。

 その声は翡翠宮に響き渡り、中庭まで響くほどだった。


 泣きじゃくるシャルロッテの肩を抱きながら、マーガレットはあることに気付く。


 散乱している本は、真似できる文章はないかとメリージェーンと一緒に調べた小説や辞書、ひっくり返ったテーブルとソファはメリージェーンと一緒に物語を考えた特等席。



 ああ、そっか。


 ここは……メリージェーンとの楽しい思い出がたくさん詰まった場所なんだ。

 だからきっと、どこを見てもシャルロッテはメリージェーンとの楽しいひと時を思い出してしまう、それで……。


 マーガレットに背中をさすられながら、シャルロッテは声が枯れるまでむせび泣いた。



 ★☆★☆★



「この物語交換日記はメリージェーンが最初に書いたほうの日記。ワタクシの日記は、焼けてしまったのでしょうね……ここの文章を見て。あの子ったらワタクシが騎士様を登場させると、すぐにあの手この手で従者と結ばせようと修正してくるのです。見かけによらず頑固なのですから」


 涙も枯れ切ったシャルロッテとマーガレットは、大好きな友人メリージェーンの思い出話に花を咲かせていた。


「ふふふ、私にも会うたびに『従者もの』の続編を書いてくださいと、せがんでくるのだもの。いくら書く気はないと断っても毎回よ。だから、実はね……ちょっと書いていたの。いつかあの子を驚かせようと思って……」

「そうなのですか!? それはぜひ読ませ……いいえ、マーガレットに声に出して読んでほしいです」

「え、私が読むの?」

「ええ、そうすればメリージェーンにも聞こえると思うのです。あなたの声はよく透るから、きっとあの子にも聞こえる……そんな気がするの」

「……わかったわ」



 従者への真実の愛に気付いた王女様。

 すべてを捨てて駆け落ちしてついに幸せになったと思ったのに、王様が他国の王子と勝手に婚約して、嫁がなければ国が大変なことになる。


 ちょっとシリアスでドタバタな恋愛もの。


 マーガレットは王女と従者と騎士と王子を見事に演じ分けてみせた。その名演技に、自然と周りから拍手が起こる。


「マーガレットったらすごいです。小説も書いて演技までできるなんて、将来は脚本家か舞台女優かしら」

「え、本当? ……脚本家と女優、両方とも本当に狙っちゃおうかしら」


「それだったら、舞台演出家というのどうだい?」


 突然扉から聞き覚えのある青年の声が聞こえた。

 すると、シャルロッテの顔がパアァァァと明るくなる。


「ゼファーお兄様っ」

「やあシャル。見違えるほど元気になったね」


 シャルロッテの視線の先には両手を広げたゼファーがいた。

 その後ろには、側近のミュシャと護衛の騎士が六人控えている。


 シャルロッテは勢いよくゼファーに抱きついた。

 受け止めたゼファーはシャルロッテを優しく包み込むと、マーガレットに笑いかけた。


「マーガレット嬢、ありがとう。妹が元気になったのは君のおかげだよ。このところ、シャルロッテは食事も喉を通らないほど憔悴していて心配していたんだ。それなのに魔法でもかけたみたいに元気になって……シャルは僕よりもマーガレット嬢が好きなのかな」

「お兄様ったら、マーガレットに嫉妬しないで。お兄様はさっさと恋人をつくって、その方に嫉妬してくださいな」


 シャルロッテの言葉に目を丸くしたゼファーは、苦い笑みを浮かべる。


「え!? あはは、シャルは手厳しいな。この前も言ったけど、お兄様はもうすぐローゼル学園に入学するから、恋人をつくっているヒマはないんだよ」

「でも、お父様は十八歳で結婚したと言っていました。お兄様はあと二年と少しで十八歳でしょう?」

「はは……父上は王位継承者がたった一人だったから早く跡継ぎが必要だったんだ。でも、僕たちにはフェルディナンド兄上やジルベルタ姉上、アヴェルにルナリアとたくさんの異母兄弟がいるだろう。だからそんなに慌てる必要はないんだよ」

「でも……このままだとアヴィの方が先に婚約してしまいます」


 そう言うと、シャルロッテはマーガレットをちらりと見た。

 マーガレットはすぐにはその意味がわからなかった。


 あ! アヴィの婚約相手って私か。

 おそらくだが、シャルロッテは兄のゼファーよりも先に、弟のアヴェルの婚約が決まるかもしれないのが許せないのだろう。

 

 駄々をこねる妹に、それでも笑顔を絶やさない兄のゼファーはさりげなく話題を変える。


「そうだマーガレット嬢。こっそり観させてもらったけど、君の演技は中々の物だね。話を聞いたかぎりではシナリオも君が書いているのかい?」

「はい、恥ずかしながら私が書いたものです」

「お兄様、前にもお話したけどマーガレットの書くお話はとっても面白いの。あ、ワタクシのおすすめのお話はね……」


 シャルロッテはノートを開くと、シャルロッテいち推しの『姫と騎士の恋愛物語』を薦めた。


 シャルロッテったら、私みたいな小娘の書いた物語なんてゼファー殿下が読むわけ――。


 しかし予想に反して、ゼファーはマーガレットの物語を真剣に読み始めた。

 これまでマーガレットの小説を読んだのは、年齢一桁の夢見る少女たちとクレイグとアヴェルだけである。


 十五歳の王子様に読ませて大丈夫かしら。

 王子と婚約破棄ざまぁとかでてくるんだけど……不敬と言われないか心配だ。


 落ち着かない様子のマーガレットは両こぶしを握り締めて、ゼファーが読み終わるのを固唾(かたず)を飲んで見守るしかなかった。


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