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第74話 振り返る隣人

 季節は巡り、マーガレットは八回目の誕生日を迎えた。


 年が明け、木枯らし吹きすさむある日のこと。

 その日は突然訪れた。



 マーガレットは自室でターニャと他愛もない話をしていた。

 そこにノックもなしに扉を開けて入ってきたのは、青ざめた顔のクレイグだ。


 クレイグがノックしないなんて珍しい。


 明らかにいつもと様子の違うクレイグに、マーガレットとターニャは顔を見合わせ、マーガレットは心配そうに声を掛ける。


「クレイグ、どうしたの? 何だか様子がおかしいようだけど」

「……す、すみません。少々気が動転してしまって…………お嬢様、どうか落ち着いて聞いてください」

「……え」


 クレイグの言葉に、クレイグが動転している理由は自分のためだと気付き、一気に頭から血が引いていくのをマーガレットは感じた。


 何だろう。

 何だか、とても嫌な予感がする。


 クレイグは息をゆっくりと吐いて、呼吸を整える。


「先ほど、緊急の連絡が入って旦那様は急遽出かけられました。その、どうやらパードット家の屋敷が火事にあったらしく……」

「パードット家ってメリージェーンの?」

「はい」

「メリージェーンは無事なの? つい二日前だって素敵な『従者もの』が書けたって私に見せてくれて……ねえ、無事だったのよね? クレイグ、何とか言って!」


「マーおじょうさま……」


 二人の様子を見ていたターニャは、マーガレットを後ろから抱き締める。


 いつの間にか、マーガレットはクレイグの肩を掴んで揺さぶっていた。

 マーガレットの問いかけに、クレイグはただ静かに首を横に振るだけだった。



 ★★★★★



 翌日開かれたパードット家の葬儀に、マーガレットは友人として参列した。

 パードット家の人々は火事で全員亡くなり、壇上には棺ではなく、小さな壺が並んでいる。



 私の小説を目を輝かせて読んでくれた可愛いメリージェーン。

 もうメリージェーンの可愛らしい笑顔を見ることが叶わないなんて……。


『従者もの』のお話が大好きで、騎士好きのシャルロッテに『従者もの』の素晴らしさをよく語っていた。


 マーガレットは隣の席に目をやる。

 そこはシャルロッテの席だ。

 シャルロッテはとても参加できる状態ではないと、王家から連絡がきた。

 悲しみにくれているであろうシャルロッテのことも心配だ。



 死とは、いつもはまったく関係のないフリをしているけど、実はいつも近くにいて突然やってくる。

 ……だからって、八歳のメリージェーンはまだ早すぎるでしょ。


 周囲からは、突然の別れを惜しむようにすすり泣く声が途切れることなく聞こえている。

 パードット家の人々が、とても愛されていたのが伝わってくる。



 前世で私が死んだあとって、どうだったのだろう。

 お父さん、お母さんは悲しんだのかなぁ。

 泣かせちゃったのかな……ごめんなさい。


 友達のブリちゃんも泣いてくれたのかな。

 でもあの時、確かブリちゃんと喧嘩してて……何で喧嘩してたんだっけ?



 ……私って、どうして死んだんだろう。



 マーガレットとして生きて二年経った今でも、前世で死んだ時の記憶が戻る気配はない。

 それどころか、前世の記憶がだんだんと薄れていっている気がする。




 葬儀を終えて教会から出ると、教会の入り口付近でクレイグとターニャが心配そうにマーガレットを待っていた。


 二人を見た瞬間、マーガレットは走り出して二人に抱き付いた。


「クレイグ、ターニャ。あなたたちは、いきなりいなくならないでね……うっうっ」


 我慢していた涙が頬を伝っていくのを感じる。

 クレイグは泣きじゃくる主人の頭を撫で、ターニャは背中をさすった。


「僕はしぶといですからそう簡単には死にませんよ。安心してください」

「あたしだって、クレイグよりも長生きするもんね」

「いえ、僕のほうが長生きします!」

「だからあたしだって」


「もう、そこは喧嘩するところじゃないでしょう。でも、ありがとう……二人とも長生きしてちょうだいね」


 メリージェーンがいなくなった悲しみを抱えながらも、日常は続いていく。

 メリージェーンと過ごした楽しかった日々をふと思い出しては悲しみ、そして慈しむ。



 ★★★★★



 葬儀から三日過ぎた頃。

 マルガレタ様から手紙を受け取ったお母様が、シャルロッテが臥せっていると教えてくれた。


 私もシャルロッテに手紙を送ったが、シャルロッテからの返事はない。

 もちろん心配はしていたものの、今はそっとしておくべきかと思っていたのだ。


 シャルロッテとメリージェーンのことを話したい。

 思い立った私は、シャルロッテのいるローゼンブルク城へと見舞いに向かうことにした。




 城へと向かい、翡翠宮の庭園へとやって来たマーガレットはあたりを見渡した。


 この場所でメリージェーンと初めて会って、お茶会をしたのよね。

 思い出すだけで心がざわざわと震え出す。


 シャルロッテの住んでいる建物の入り口には、マーガレットの到着を聞いて急いで駆けつけたシャルロッテの従者のミゲルが迎えに来ていた。


 ミゲルは深く礼をしてから顔を上げる。

 ミゲルの目元はうっすらとクマができ、表情には覇気がなく、かなり疲弊しているようだ。


「マーガレット様、どうかシャルロッテ様を助けてください!」


 声に出して返事はしなかったが、マーガレットはゆっくりと頷いた。

 マーガレットの後ろに控えているクレイグとターニャも、真剣な顔つきでミゲルを見つめる。


 一同はシャルロッテの部屋へと向かった。




「シャルロッテ様、マーガレット様がいらっしゃいました」


 扉が開くと、部屋の中はカーテンが閉められていてうす暗く、中の様子はうっすらとしか分からない。

 目が利かないまま、マーガレットはシャルロッテを探した。


 その間にミゲルが一番大きなカーテンを開けると、中の様子がはっきりとした。



 何これ……。


 それはついこの前も一緒に遊んだ、ピンク色であふれた可愛らしい女の子の部屋とは似ても似つかぬほどの部屋だった。

 本は散乱し、テーブルもソファもひっくり返り、まるで嵐でも通り過ぎたあとのようだ。


 唯一、前回来た時と変わっていないベッドの上で、耳の長い何かが(うごめ)いた。



 ―大きなウサギ!?


 それはゼファー殿下から贈られた大きなウサギのぬいぐるみを抱き締めて、力なく横たわっているシャルロッテだった。




お読みいただきありがとうございます。



悲しいお話が続いていますので、少しでも明るくなったらということで

第2部のタイトルのお知らせをちょっとだけ。


第2部のタイトルは『悪役令嬢の婚約者』です。

マーガレットにとって大事な話にだんだんと入っていきます。

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