第73話 三人寄ればかしましい
――コンコンコンッ。
ノックの音が鳴り響く。
許可を受けて部屋に入ってきたのは先ほど庭に戻ったクレイグと、お茶会に参加していた眼鏡が印象的なメリージェーン・パードット伯爵令嬢だった。
メリージェーンは見るからに不安な様子で俯いている。
自分がどうして王女シャルロッテの部屋に呼ばれたのか理解できず、不安なのだろう。
任務を遂行したクレイグは、マーガレットとシャルロッテに一礼した。
「遅くなって申し訳ございません、マーガレットお嬢様」
「ううん、問題ないわクレイグ。そちらこそ問題はなかった?」
「特には……いえ、ニコール様が庭園で少々乱心していまして、メリージェーン様だけお連れするタイミングを見計らっていました」
「あぁ、なるほど。あの時、何か奇声が聞こえた気がしたけどニコール様だったのね。それはクレイグにも手間をかけさせたわ、ご苦労様。メリージェーン様も大変だったでしょう? さあ、こちらにお座りになって」
マーガレットは自分の座っているピンクのソファの隣を手で示して、こちらに座るように促した。
まだ理解が追いつかないメリージェーンは、戸惑って口元を覆っている。
そして、もうひとり戸惑っている人物が―――
顔をしかめたシャルロッテは、マーガレットに詰め寄った。
「ねぇ、マーガレット。これはどういうことなのです?」
「え、どういうことって……シャルロッテと私とメリージェーン様の三人で遊ぼうと思って呼んだのよ。あの時メリージェーン様だけは、シャルロッテの境遇に気付いて話題を変えようとしてくれたもの。あなたのことを察してくれるメリージェーン様なら、楽しく遊べそうかなって」
「……確かに、メリージェーン様はワタクシのことを気遣ってくれていたわ。でも、今日はもうワタクシは疲れているから……」
「あら休んでしまうの? だったらこれはメリージェーン様と二人で読もうかしら……クレイグっ!」
マーガレットがパチンと指を鳴らすと、クレイグがどこからともなく取り出した一冊の本をマーガレットの右手に手渡した。
緑の冊子にマーガレットの花の刺繍が施された、まるで本のような……。
シャルロッテはその本の形状に見覚えがあった。
その本を見ただけで、心臓が高鳴りワクワクとドキドキが蘇ってくる。
「そ、それはまさかっ!?」
「そう……私の書いた物語をまとめたノートよ。ちなみに新作付き。だから、私とメリージェーン様とシャルロッテの三人で読みましょう、ね?」
「うぐぐぐぐ…………わかりました。マーガレットったら、その手を使うのは反則です。そうと決まれば……さあメリージェーン様もこちらにいらして一緒に読みましょう!」
しおらしくソファに座っていたシャルロッテだったが、先ほどまでのいじらしさがウソのように元気よく立ち上がると、ソファに三人座れるようにテキパキと移動を始めた。
さらにミゲルにお茶のおかわりとお菓子の追加も頼んでいる。
状況が理解できずに、おそるおそるゆっくりと近付いてくるメリージェーンの手を、しびれを切らしたシャルロッテが掴むまで、あと五秒。
今回の物語は、他国の王子様と騎士様から言い寄られ、二人の熱烈なアタックに思う悩む王女様の三角関係もの……と思わせてからの、いつも傍にいてくれた従者と駆け落ちするという実は『従者もの』である。
自分たちのリアル従者の前で読むのは少し恥ずかしいけど、これはフィクションなのだし構わないわよね。
いつの間にかシャルロッテもメリージェーンも、まばたきも忘れて食い入るように物語を読んでいる。
物語を読み終えた二人の反応は、清々しいほど真逆のものだった。
シャルロッテは……
「ありえない! 騎士様が素敵だったのに、どうして従者なのっ」
と理解できない主人公に憤り、
メリージェーンは……
「マーガレット様がこのお話を創られたのですか!? すすすす、素晴らしすぎます。この後二人は身分を越えて幸せに暮らせたのでしょうか。ぜひ、続きを書いてくださいませ。後生ですから!」
と、先ほどまでおどおどしていた令嬢と本当に同一人物かと疑うほど饒舌になり、マーガレットに羨望の眼差しを送り続けている。
メリージェーンが『従者もの』の沼にザブンと両足を突っ込んだ音が聞こえた気がする。
これは仲間を増やすチャンスかも。
マーガレットは期待を悟られぬように、平常心を装って話し始めた。
「うーん、私はこのお話はこれ以上書くつもりはないのです。よかったらメリージェーン様が私の代わりに書いてみてはどうですか?」
「……ええぇぇ!? そ、そんなことをしてもよろしいのですか?」
「もちろんです。私もメリージェーン様の書いた物語を読んでみたいのです。そうだ。シャルロッテもこの結末に納得がいかないのだったら、あなたの考える騎士様との理想の結末を読ませてちょうだい」
そう言ったマーガレットの目の前には、シャルロッテの可愛らしい手がかざされていた。
その手は「ちょっと黙って」と暗に伝えている。
「待って、今どうやったら騎士様と結ばれるか考えているのです。えっと、そうね……従者と駆け落ちしたけど離れ離れになってやっと騎士様を愛していることに気付いて、従者には置き手紙を残して……これです! ミゲルっ、ミゲルっ。ペンと紙を大至急用意してください」
「あ、私にもください」
こうして新しい作家たちの誕生を見届けたマーガレットはご満悦だ。
これで児童文学ではなく、自分で書いた作品以外の物語が読めるというものよ。
かくして三人のお茶会は楽しく終了した。
その後、シャルロッテとメリージェーンは、マーガレットの思ったとおり仲良くなり、マーガレットがいなくても二人で遊ぶことが増えていった。
シャルロッテから聞いた話では、物語の交換日記を二人で始めたとか。
二人の合作でマーガレットの作品を超える名作を生みだそうと意気込んでいるらしい。
しかしこの翡翠宮の庭園の、花々の芽吹きのようなひと時は……そう長くは続かなかった。
お読みいただきありがとうございます。
次は――
マーガレットのもとに悲しい報せが届きます。
そんな中、シャルロッテのいる翡翠宮へと出かけたマーガレットは
ある事件に巻き込まれ……。
第1部の最後のお話です。