第71話 禁句
その後はメリージェーンに続き、その他の三人の令嬢たちも自己紹介を終え、それを合図にメイドたちがテーブルにお茶とお菓子を並べ始める。
マカロンにキャラメルサンド、フルーツタルトにカップケーキ、珍しいフルーツなど、どれも子供でも簡単に食べられるものが並んでいく。
王宮のお菓子は色とりどりで食欲だけでなく、目まで満足させてくれるものばかりだ。
最初はぎこちなかった令嬢たちのお茶会だが、お菓子の力も借りてだんだんと打ち解けてきた。
ひとりの令嬢がシャルロッテのドレスを褒めれば、もうひとりの令嬢がシャルロッテの髪型を褒める。すると別の令嬢がすばらしいお茶会について褒め始める。
もしかして、これがシャルロッテの言っていた褒め褒めタイム?
ドレスを褒めた令嬢は他の令嬢に負けじと話題を振った。
「先日、ローゼンブルク神話を習ったのですが、ローゼンブルクの創世の女神ファビオラーデ様は貴き紫色の髪に、紫色の瞳を持っていたのだそうです。シャルロッテ様の珍しい桃色の髪は、王家の方々の中でもファビオラーデ様に非常に近いお姿だと、知れば知るほど思いましたわ。もしかして、シャルロッテ様はファビオラーデ様の生まれ変わりなのでは?」
シャルロッテはまんざらでもなさそうに、頬に手を当てて照れくさそうに笑う。
「あらぁ、ワタクシがファビオラーデ様の生まれ変わりだなんて光栄だわ。それなら伴侶である建王様もどこかにいらっしゃるのかしら、ふふ」
「わたくしは、建王様はゼファー殿下で想像してしまいますわ」
「「「その気持ち、わかります‼」」」
と、マーガレットとメリージェーン以外の令嬢たちの賛同を集めたのはニコールだ。
「ゼファー殿下」と口にしたニコールは、恋する乙女のようなうっとりとした表情を浮かべている。その他の令嬢も以下略。
ゼファー殿下って、イグナシオお兄様のお茶会でも年上のメイドたちに人気だったけど、年下の令嬢たちにも人気なようだ。
実は今日の招待客について学ぶついでに、王族についても勉強した。
現在、ローゼンブルクには三人の王子がいる。
第一王子のフェルディナンド殿下は病弱な方で、天藍宮で臥せっているため、王家の公務にも携わっていない。
私の幼馴染みでもある第三王子のアヴェルは、平民であるマルガレタ様との子で、高貴な血筋にこだわる保守派の貴族たちからはよく思われていない。
ということで、王を継承する王太子の地位に一番近いのは、今は亡き隣国の王女との子である第二王子のゼファー殿下とされている。
女の子たちの羨望の眼差しは甘いルックスだけでなく、将来の王様へと向けられているというわけね。
私を幽閉する張本人の肩を持つつもりはないけど、アヴェルの方がいいと思うけどなあ。
ちなみにゲームで王太子になっているのはアヴェルだ。
ゲームだと、ゼファー殿下って名前がでるだけで一度も登場しないのよね。
それはさておき、大好きなゼファーお兄様の話題にシャルロッテは大変満足しているみたい。
これなら今日は自慢話合戦の心配はないかしら。
マーガレットが胸を撫で下ろし気を抜いたところで、ティーカップを置いた令嬢が興味津々に話し出す。
「この前、お母様と一緒にパティシェード通りにお買い物に行きましたの。そしたらゼファー殿下がいらっしゃって、両手でやっと抱えられるような大きなプレゼントを買っていかれたのです。もしかして、あのプレゼントはシャルロッテ様に?」
「……きっとそれは、この前お兄様からいただいた大きなウサギのぬいぐるみのことですね。とっても大きくて抱きつくと気持ちがいいのです」
「まあ、そうだったのですね。私のお母様が恋人へのプレゼントだなんて言うものですから、絶対にシャルロッテ様へのプレゼントだって喧嘩してしまいましたわ」
「…………へぇ」
一瞬の間のあと、シャルロッテの声のトーンが低く転じた。
あぁ、まずいっ。
実はシャルロッテには、口にしてはいけない話題がある。
もしそれがゼファー殿下の恋人の話題だと思ったのなら、そちらではない。
こう見えてもシャルロッテは、「お兄様ったら恋人の一人や二人もつくらないのです」なんて言ってしまうほど、兄の女性関係には寛大だ。
やっぱり、多妻の父親を見て育っている王女様だから慣れているのかしら。
兄の恋人の話ではない、だとしたら……
「お母様といえば、ニコール様のお母様はオペラがお上手で、この前も歌劇に招かれて独唱なさっていたでしょう? プロの方々にも負けないなんて素晴らしいですわ」
「ふふ、わたくしの自慢のお母様ですもの。わたくしもいつかお母様のように歌えるようになりたくて、歌のレッスンを始めましたの」
「「「まあっ、素敵!」」」
……まずい流れね。
令嬢たちの今回の自慢のテーマは『お母様』なようだ。
それは……それは本当に一番ダメよ。
シャルロッテは、生まれてまもなく母を亡くしている。
シャルロッテが家に遊びに来た時、「ワタクシはお母様に捨てられたの。だからお母様なんていらない」と、突然泣き出したことがあった。
シャルロッテの境遇を考えずに、私がお母様の話をした直後のことだ。
シャルロッテよりひとつ年下の私が、涙を流すシャルロッテを抱き締め背中を撫でてあやすと「ワタクシの方が年上ですからっ」とシャルロッテはプンプン怒ってみせた。
でも、本当は頬が緩んでいたのを知っている。
ちょっと天邪鬼なシャルロッテ。
お母様の分までお兄様に甘えているシャルロッテ。
本当はお母様が恋しくて、たまらないのよね。
まだ令嬢たちのお母様自慢は続いている。
マーガレットは隣の席のシャルロッテを覗き込んだ。
シャルロッテはかろうじて笑顔ではあるが、瞼を引くつかせてギリギリと奥歯を噛み締め、じ――――っと耐えている。
シャルロッテの怒りが爆発寸前なのは、自慢話に夢中な令嬢たち以外には一目瞭然だった。
ただ令嬢たちの中に一人だけ、会話に加わらずオロオロとしている令嬢がいる。
マーガレットと同様に、メリージェーンもシャルロッテの境遇に気付いているようだ。
そんなメリージェーンの慌てた姿が、ニコールの目に留まる。
「メリージェーン様、どうなさったの?」
「あの、皆様。その……できれば他のお話にしませんか?」
「あら、どうしてですの。皆さま楽しそうではありませんか。メリージェーン様ったら、本当に空気が読めませんのね」
「でも、その……」
メリージェーンが作ってくれた会話の隙に加わるように、マーガレットもメリージェーンに賛同した。
「ニコール様、私も違うお話が聞きたいですわ」
「マーガレット様までどうしたのです? ……お二人がそう仰るのなら」
どうにか話題を変えられたようで良かった。
マーガレットとメリージェーンはホッと胸を撫で下ろした。
しかし、ニコールは何かを思い出してマーガレットに向けて話し出した。
「そうですわ! マーガレット様のお母様のお話で、わたくしのお母様から面白い話を聞い」
――ダンッッッ!!!!