第7話 初対面はとっておき
どういうこと?
もしかして、昨日のイグナシオとの従者論争で何かが変わったのかしら?
マーガレットはもう一度クレイグを見つめた。
こわばった表情からは微かな緊張を感じ取れるが、それ以外の感情は読み取れない。何度見ても見覚えはなかった。
ゲームでは登場しなかった人物ってことよね。
それって――ゲームのルールに縛られない人物かもしれない!
味方になってもらえれば、これからやってくる幽閉フラグに対抗して私を守ってくれるなんてこともあるかも‼
おおー、なんだか分からないけど幽閉エンド回避に向かってる気がする。
これは私にできる最上級の挨拶でお迎えしなきゃ。
マーガレットは前世の記憶の中に薄っすらと残っていたヒロイン・アリスのスチル絵を思い出し、真似た。背筋を伸ばし、片足を後ろへと引き、もう片方の足の膝は軽く曲げ、低く深くお辞儀する。
実はこの物々しい礼法、伝統的なカーテシーと呼ばれる儀礼なのだがこの時のマーガレットは名前も知らなかった。
「はじめまして、クレイグ。私はセルゲイ・フランツィスカ侯爵の長女・マーガレットと申します。これからどうぞよろしくお願いします!」
改まったカーテシーとハキハキとした挨拶のギャップに、クレイグは一瞬面食らったがすぐにニコリと笑い、マーガレットの眼前に跪くと、そっとマーガレットの左手を取った。
「お初にお目にかかります、マーガレット様。僕はクレイグと申します。本日からマーガレット様の従者として、誠心誠意尽くさせていただきますのでよろしくお願いいたします」
子供たち二人の完璧な挨拶を見ていたセルゲイは感動してしばらく言葉を失っていたが、ハッと我に返る。
「マーガレット、その挨拶は王族や目上の方にする挨拶だよ。クレイグは君の従者になるのだからもっと簡単なものでいい」
「まぁ、そうなのね。でもこれからクレイグにはいろいろと助けてもらうだろうから、この挨拶が相応しい気がするわ」
マーガレットとは思えない発言にセルゲイは目をパチクリさせた。
そこで初めてセルゲイは妻レイティスが「マーガレットがおかしい」と訴えていた意味をようやく理解したが、人は変わるものと思っているセルゲイにとっては微々たる変化だったようで、特に気にすることもなく話を戻す。
「クレイグ、マーガレットのことを頼むよ。昨日も庭の池に落ちて」
「んあぁーっ、お父様ったらやめて! クレイグとはこれから一緒にいるのに、最初からそんな恥ずかしいことを知られたら格好悪いでしょ」
「あはは、すまない……マーガレット、クレイグにはもう両親はなく頼る者もいなくてね。フランツィスカ家が援助している孤児院にいたのだが、従者になるためにたくさん勉強したんだよ」
「まあ、そうなの。さっきの挨拶もとても素敵だったわ」
「ありがとうございます。マーガレットお嬢様のご挨拶ほどではありません」
「うふふ、ありがとう」
マーガレットはクレイグの手を取った。
「今日からは私が家族よ。何か困ったことや気になることがあったら遠慮なく言ってちょうだいね」
「ありがとうございます。僕もマーガレットお嬢様の従者として全力を尽くさせていただきます」
微笑みあった二人の間には少しだけ絆が生まれたような気がした。その様子を見ていたセルゲイはほっと胸を撫で下ろした。
「気が合ったようでよかった。やはり玄関ホールを選んで正解だったかな」
「お父様、そういえばどうして玄関ホールで挨拶したの? 私のお部屋でもよかったのに」
「それはね、お祖父様が言っていたんだ。この玄関ホールの階段の下で初めての挨拶を交わすと商談が上手くいくとね」
「私たちは商談じゃないけど」とマーガレットは思ったが、セルゲイがとても嬉しそうに語っているのでしばらく話を聞いていた。
するとクレイグと目が合い、二人は笑顔を交わす。
二人の意思疎通を確認したセルゲイは、つい饒舌になる。
「マーガレットはこれまで家庭教師の先生とも折り合いが悪かったからね、この場所はとっておきの最後の手段だったんだよ。何を隠そう、お父様とお母様の初対面もここで」
「えぇっ、そうなの? 初めて知ったわ。へぇー……ん、でもそれだと私とクレイグが結婚しちゃわない?」
「……え? ………ハッ⁉ いやいやいや……………二人ともお願いだから、駆け落ちとか僕たちを悲しませるようなことはやめてくれよ。まずは話し合おう」
「ふふっ、お父様ったら話が飛躍しすぎよ」
「旦那様。そのようなことは誓ってありませんので、ご心配なく」
「そ、そうかい? 二人がそう言うのなら大丈夫かな。でもなぁ、男女の仲なんて突然進展するからなぁ。僕も突然だったし」
セルゲイはそれ以上は口にしなかったが「絶対にお母様(奥様)と進展した時のことを思い出してるな」と、マーガレットとクレイグはセルゲイのにやけ顔から推察していた。
セルゲイの回想もひと段落したところで、待つことに飽きてきたマーガレットは父の回想に割り込んだ。
「お父様、クレイグに屋敷の周りを案内しながら二人でお散歩してきてもいいかしら」
「ああ、もちろん。これから一緒にいるのだから親睦を深めるといい。あ、ただ、池の方には近づかないようにね」
「もちろん、分かってるわ。それじゃあクレイグ、行きましょう」
「はい、お嬢様」
「二人とも気を付けるんだよ」
マーガレットはクレイグの手を取ると走り出した。
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