第67話 ラウル・アヴァンシーニ
クレイグが率先してアヴェルを貴賓室へと案内したことで、すぐに混雑は解消した。
クレイグって七歳とは思えないほど本当に気が利くのよね。
マーガレットが感心していると、また次の馬車がエントランスに停まる。
「おい、フェデリコ。あの馬車はどこの家だ?」
「えー、ボクにわかるはずないじゃない」
茶会の主催のイグナシオと、挨拶に付き合わされているフェデリコはコソコソと話をしている。するとそこに、イグナシオの従者のサイラスがフォローを入れる。
「あれはアヴァンシーニ家の馬車です。降りてこられるのはラウル・アヴァンシーニ公爵令息ですよ」
「お、そうかサイラス」
―え、ラウル・アヴァンシーニですって!?
マーガレットは嬉しさで小躍りしたくなる気持ちを抑えた。
ラウル・アヴァンシーニは『恋ラバ』に登場する攻略対象者の一人だ。
私やヒロインのアリスよりもひとつ年上で、私たちが学園に入学した時に生徒会長として登場する。
最初は俺様キャラで本心を表に出さない完璧超人なんだけど、アリスと出会って心を開くと、実は寂しがり屋で好きな子には奥手になっちゃうギャップが可愛いのだ。
私はラウルルートのライバルキャラの、ラウルの婚約者アンナマリアが大好きで、二人のイチャイチャが見たくてよくプレイしてたなぁ。まあ、アリスからするとバッドエンドなのだけど……。
マーガレットが思い出に浸っている間に馬車から降りてきたのは、赤茶の髪色が良く似合う、自信に満ちあふれた少年だった。
間違いない。
あの顔、あの髪色、ラウルその人だわ!
イグナシオはすぐにラウルを出迎える。
「ラウル様、ようこそいらっしゃいました」
「これはイグナシオ様。ご招待ありがとうございます。こうしてフランツィスカ家の屋敷を訪ねたのは初めてですね。うちの屋敷とはまた違った趣で面白いです」
「え……そう、ですか」
フランツィスカ家とアヴァンシーニ家は爵位としては同等なのだが、うちは軍部、あちらは外交を得意とするため立場が微妙に違っている。
そのためイグナシオもどう接するのが正しいのかよくわからないのか、言葉少なだ。
私やフェデリコ様には強気なのに、まったく内弁慶なんだから、お兄様は。
そんなイグナシオを助けるように、隣で様子を窺っていたフェデリコが助け舟を出す。
「どのあたりが違っているのですか? ラウル様」
「フェデリコ様ではありませんか。おふたりは本当に仲がよろしいのですね……我が家は父が庭に力を入れていましてね、こちらのホールの四倍ほどの庭が―――」
と、未来の教授と生徒会長は楽しそうに会話を交わしている。
ラウルの声はまだ甲高くて少年の声で可愛いなぁ。
この天使のような声があの超イケメン低音ボイスに声変わりするのかぁ。
この気遣いのできそうな少年が、大きくなって――。
マーガレットがひと足先にラウル少年の成長をしみじみと感じていると、こちらに気付いたラウルがゆっくりと近付いてきた。
「おや、シャルロッテ殿下ではありませんか。今日は男子のみのお茶会と聞いていたのですが」
「こんにちは、ラウル様」
シャルロッテはラウルにひと言だけ挨拶すると、先ほどイグナシオとフェデリコと挨拶した時よりもぎこちない笑顔のまま固まって、何事もなかったようにラウルから目を逸らした。
え……シャルロッテ、それだけ?
それに、このギスギスした空気は何?
とりあえず二人があまり仲が良くないことはわかったけど、そこに知り合いでもない私が割って入るのはマナー違反だしなあ。
と思っていたら、沈黙に耐えられなくなったらしい人がもうひとり。
「おや、もしかして………これはこれは、マーガレット嬢ではないですか。お久しぶりですね」
「あ、えっと……ラウル様。お久しぶり、です?」
あれ? 私とラウル様って初対面じゃなかったのかしら。
マーガレットにはラウル様に会った記憶は全くないのだけど。
ここはラウル様に話を合わせるしかない、わよね。
ラウルはにこりと微笑みながら、話を続けた。
「確か一年半ぶりですか。初めてお会いしたのはダンスの講習会でしたね。お相手したダンスの練習で何度も足を踏まれた以来ですよ……わざとやっているのかというくらい踏まれましたよね?」
ラウルの表情は笑顔ではあったが、キリキリと心を抉ってくる圧のようなものをマーガレットは感じていた。
前世の記憶が戻る以前のマーガレットの記憶に、ラウルの言うダンスの講習会の記憶は確かにある。
ダンスの講習会でダンスを踊るのが嫌すぎたマーガレットは、相手の足ばかり見て踏んで遊んでいた。だから、踏んだ相手の顔を一度も見てないのだけど、その相手がラウル様だったのね。
マーガレットったら、がっつりやらかしてくれちゃって、ラウル様から足を踏んだ恨みを買っているじゃないのっ!
ここはしっかりと謝ってマーガレットのイメージ回復しておかないと、思わぬところから幽閉ルートに直行するかもしれない。
マーガレットは軽く頭を下げて謝った。
「あの時は本当に申し訳ございませんでした、ラウル様。私、ダンスは苦手でして……」
「ほう? なかなか謙虚になられましたね」
そう言うとラウルはマーガレットにそっと近づき、耳元で囁く。
「前回は俺のダンスが下手だと吐き捨てていたろう……どういう心境の変化だ? 破壊魔令嬢」
先ほどまでの甲高い声と違う低めの声色に、背筋がゾッとしたマーガレットは半歩後ろへと下がる。体中に冷や汗をかきながらもマーガレットは取り繕い、今度は深く深く頭を下げた。
「あ、あの時は気分が優れなくって……ラウル様に辛く当たってしまいました。本当に申し訳ございません」
「お……お前、冗談ではなく本当に謝っているのかッ!? 変わったとは聞いていたが……そう、か………………ふむ」
マーガレットの性格を見越して挑発に乗ってくるものと踏んでいたラウルは、驚いた表情を浮かべて考え込む。
「コイツってこんな奴だっけ?」とでも思っていそうだ。
そんなラウルに対して、マーガレットは「安全ですよ~」とニコニコと笑いかけ続けている。
しかし、内心は……
ラウルって、確かゲームの中だと今の話し方だったわ! 一人称も確か「俺」だし。
さっきのイグナシオお兄様たちと話していた時は、猫を被りに被っていたのね。
足を踏まれまくった恨みか、私にはちょっと素を出してしまったみたいだ。
ラウル・アヴァンシーニ。
やっぱり公爵令息だけあってなかなかのやり手ね。注意しなくっちゃ。
まったく、寂しがり屋のギャップが可愛いって言ったのは誰よ。あ、私か……。