第66話 墓穴を掘る
イグナシオとの挨拶を終え、マーガレットとシャルロッテに気付いたアヴェルはこちらへと歩いて来る。
「やあマーガレット。それに、シャルロッテ? シャルロッテもお茶会に参加するの?」
「いいえ、ワタクシはマーガレットに会いにきたのです。それとお兄様にもゴニョゴニョ……こほん。そうだわ、マーガレットったらね、素敵なお話をいっぱい書いているのですよ。ワタクシ、ファンになってしまいました!」
シャルロッテは大袈裟とも言えるほどの身振り手振りで、マーガレットの作品を褒め称えた。
シャルロッテの褒め方が見事だったものだから、最初は興味のなかったアヴェルもついに興味を持ってしまった。
「へぇ……去年文字を覚えたばかりなのに、もうお話を作っているなんてすごいな。マーガレット、今度僕にも読ませて」
「え、でも男の子のアヴィにはつまらないかも……」
とマーガレットは遠回しに断った。
だって、アヴィに読ませられるはずないじゃない。
この話題はここで終わりにしたかったマーガレットだが、そこで透かさずシャルロッテがフォローを入れる。
「あら、そんなことないですマーガレット。さっき読んだ婚約破棄の話なんてとにかくすごかったです」
「え、婚約破棄?」
ぎゃ――――ッ、アヴェルが『婚約破棄』に反応した!?
「そうなの。王子様が心から好きになった平民の女の子と一緒になるために、王子様の婚約者の意地悪な令嬢をやっつけるんです。『断罪』って言うんですって」
「断罪? 自分の婚約者を大事にしないで他の女の子と仲良くなってやっつけるの? ……何か、嫌な王子だね」
「うふふ、アヴェルにはまだわからないのです。真実の愛には犠牲はつきものなのですよ。それでね、意地悪な令嬢は最後は幽閉されて一人淋しく死んでしまって」
「あ、ああ゛っ、シャルロッテ。それ以上煽り、いえ恥ずかしいからやめて―っ」
シャルロッテがアヴェルに熱く語っているのは、私がゲームで何度も見た私とアヴェルが迎えるかもしれない未来だ。
もちろん断罪するのはアヴェルで、幽閉されるのは私……。
その幽閉エンドを避けようとしているのに、わざわざ物語にして本人に伝えてしまうなんて……執筆意欲に逆らえなかった私のバカ―――――ッ‼
笑顔で取り繕ってはいるものの、焦っているマーガレットの心の内を知ってか知らずか、アヴェルはマーガレットのドレスの裾を掴んだ。
「あの、マーガレット。僕はそんな王子じゃないからね……えと、だから、その……あ、安心して!」
「え……」
頬を桃色に染めて紫色の瞳を潤ませ、上目遣いで恥ずかしがりながら告げたアヴェルの言葉は、まさに将来『断罪はしない』という宣言。
なに、アヴェルって天使なの‼
この時、マーガレットにはアヴェルの頭上に後光が差して見えたという。
二人の見つめ合った様子を見ていたシャルロッテは、軽くため息を吐いた。
あれは昨年の今頃だろうか。
弟のアヴェルの口から『マーガレット』という名をよく聞くようになった。
シャルロッテもマーガレット・フランツィスカという令嬢のことは知っていた。
婚約しているわけではないが、アヴェルの将来の結婚相手と聞いたことくらいはある。
以前は「マーガレット」という名を呼ぶ時のアヴェルはいつも暗く、自信がなさそうだった。
なのに、それがある日を境に、嬉しそうに幸せそうに「マーガレット」と連呼するように変わったのである。
きっと弟は……アヴェルは「マーガレット」に恋をしたのですね。
シャルロッテはいつの間にか理解し、次第に腹が立ち、ついにはマーガレット本人に招待状という名の『果たし状』を送り付けた。
その結果、マーガレットの優しさに触れ、いつの間にか気の置けない友人にまでなってしまったのだった。
マーガレットがアヴェルのことをどう思っているかは正直分からないけど、できれば弟の初恋を叶えてあげたいと姉は思っています。
それに仲良しのマーガレットが義理の妹になるのなら、ワタクシも大歓迎です。
頬を染めながらマーガレットを食い入るように見つめている弟に苦笑しながらも、シャルロッテは姉らしく注意する。
「ほら二人とも、いつまでそうしているのです? お客様のアヴェルは早く貴賓室に向かわなくては後ろがつかえてしまいます」
シャルロッテが指差した方向を見ると、馬車から招待された令息たちが続々と降りてきていて、案内する執事やメイドも足りないほどだ。
その上、位の高い王族のアヴェルが立ち止まったことで、令息たちが先に案内されることを避けたためにちょっとした混雑が起きてしまっていた。
そんな中、すぐに動いたのはクレイグだった。
「アヴェル殿下。申し訳ございませんが、僕がご案内してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。頼むよクレイグ。マーガレット、シャルロッテ。じゃあ、またね」
「えぇ、今度またゆっくり遊びましょう」
「あ、そうだ。シャルロッテ、僕が城を出た時はゼファー兄上の馬車は御者が準備を終えたところだったから、兄上ももう少しで来るんじゃないかな。だからもう少し待っていれば、大好きなお兄様に会えると思うよ」
「え、本当ですか! ……って、別にワタクシはお兄様のことを待ってなんて」
顔を赤く染めながらも、シャルロッテは精一杯強がった。
私には「お兄様、お兄様」と隠しもしなかったけど、異母弟のアヴェルには隠すって……もしかして『姉の威厳』というやつなのかしら。
なかなか難しいお年頃である。