第65話 フェデリコ・フィリオ
シャルロッテが待っている王家の馬車はというと、招待された他の貴族令息たちの馬車の後ろに並んでいて、玄関ホール到着まではもう少しかかりそうだ。
玄関ホールにはシャルロッテの他にも、招待客の案内をする執事やメイドたちも待機している。
そして今日のお茶会の主催であるイグナシオは、友人のフェデリコ・フィリオと一緒に扉の近くで招待客を出迎えていた。
イグナシオの隣にいるオリーブブラウンの髪色の少年フェデリコは、マーガレットに気付くとこちらに手を振った。
フェデリコ・フィリオ侯爵令息。
実は彼も『恋ラバ』の攻略対象者だ。
今は十二歳だけど、私やアリスがローゼル学園に入学する頃には学園の教授になっている。つまり、フェデリコは教師と生徒の恋愛枠である。
フェデリコはイグナシオお兄様の友人ということもあって、フランツィスカの屋敷をよく訪ねてくる。そのため私もいつの間にか見知った仲となった。
といっても、挨拶と軽い会話を交わす程度の中で、それ以上は関わらないようにしている。
フェデリコルートでのマーガレットは、最初のイベント以外登場しないからそのぐらいなら構わないでしょう。もしヒロインのアリスがフェデリコを好きになったら、顔見知りとして協力することもできるし。
マーガレットはフェデリコに軽く会釈してから話しかけた。
「フェデリコ様もイグナシオお兄様と一緒に出迎えていらっしゃるのですか?」
「あぁー……ボクとしては招待客として貴賓室でくつろいでいたかったんだけど、イグナシオがここにいろって服を放してくれなくて、仕方なく、ね」
よく見ると、フェデリコのジャケットの袖をイグナシオがぎゅっと握っていた。
「うふふ。それはそれは、兄がご迷惑を掛けておりますわ」
「マーガレット、無駄話をしてないでお前は部屋に戻っていろ……戻る前に、ほら、ほら!」
「……え?」
マーガレットとフェデリコの会話に割り込んだのは、二人の会話の話題にもなっていたイグナシオだ。
イグナシオはしかめ顔をしながら、マーガレットの後ろに隠れるように立っているシャルロッテをフェデリコに紹介しろと、しきりに目線で訴えてくる。
イグナシオお兄様って、意外と気が回るのよね。
でもお兄様だってシャルロッテと顔見知りなのだから、自分で紹介すればいいのに。
シャルロッテも隠れたまま、両者睨み合いが続く。
……どうやら私が仲介するしかないらしい。
「えーっとシャルロッテ、こちらはイグナシオお兄様のご友人のフェデリコ・フィリオ様です」
シャルロッテはひょこりと顔を出したものの、兄を探していた時の元気は煙のように消えて「ご、ごきげんよう」とたどたどしい挨拶をした。
それに対して令息二人は、
「「シャルロッテ王女殿下、ごきげんうるわしく!」」
と、元気よく返した。
おぉー、王女様相手だから二人とも気合入ってる!
二人の息の合った挨拶にたじろいだシャルロッテは、またマーガレットの後ろに隠れてしまった。
どうやらシャルロッテは社交の挨拶が苦手みたい。
王女様だから、社交の場ではこういう挨拶ばかりだろうし大変そうね。
ぎこちない三人を見ていられなくなったマーガレットは、話題を変えた。
「シャルロッテが王家の馬車を見つけて、ゼファー殿下に会いたいというから降りてきたの。でも私はいてはいけないと言うのなら、シャルロッテのことはお兄様にまかせるわね」
「え゛……い、いや、マーガレットもシャルロッテ殿下と一緒にここにいてくれてかまわない」
「え、でもさっき部屋に戻れって……」
「あれは気にするな」
「えー、でも私がいたら邪魔だろうし、やっぱり……」
「いや、頼むからここにいてくれ! お願いだから」
「うーん、お兄様がそこまで言うのなら…………いようかしら♪」
兄妹の軽快なやり取りを聞いていたフェデリコは、堪え切れずにクスクスと笑い出す。
「ふっ、今日も君たちは面白いなぁ。マーガレット嬢のほうがいつも一枚上手だよね。ふふふ」
フェデリコはイグナシオを茶化すように言ったのだが、茶化し相手のイグナシオの頭の中はそれどころではなかった。
「えっと、ゼファー第二王子殿下。まず儀礼をして挨拶、儀礼をして挨拶……ん、儀礼も挨拶も一緒じゃないのか?」
「イグナシオ、落ち着いて。儀礼をしたら『ようこそいらっしゃいました』って言うだけだからね」
「ああ、そうか。フェデリコすまん」
「イグナシオ様、その後は『貴賓室へとご案内いたします』とおっしゃってください。僕たちがお客様をご案内いたしますので」
「あ……そうだったな、サイラス」
混乱したイグナシオは、フェデリコと従者のサイラスに左右挟まれて、右に左にと確認を取っている。
第二王子という大物が来訪したことで混乱してしまったらしい。
シャルロッテの兄のゼファー第二王子殿下は、イグナシオお兄様よりも三つ年上の十五歳だ。
ゼファー殿下に一度も会ったことのなかったイグナシオお兄様は、どうせ断られると思ってゼファー殿下にもお茶会の招待状を送ったのだけど、「喜んで」と参加の返事が来てしまったらしい。
驚いたイグナシオお兄様は、慌ててお母様に相談して大目玉を食らっていた。
困るのなら最初から招待しなきゃよかったのに、見栄っ張りなんだから。
そしてついに王家の馬車がエントランスに到着した。
馬車の扉がゆっくりと開くと、中からは見慣れた顔が降りてきた。
―――アヴェルだ。
王家の馬車なのだから、第三王子のアヴェルが乗っている可能性ももちろんある。
イグナシオは赤ちゃんの頃から知っているアヴェルに安堵し、さっきまでのオドオドした少年はどこへやら、侯爵令息らしい挨拶をそつなくこなしたのだった。