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第61話 従者 VS 侍女見習い

 暖かな春を迎えたといえど、朝はまだまだ冷える。

 朝方はフランツィスカ家の使用人にとっても、一日で一番忙しい時間帯だ。


 仕えている(あるじ)を起こしにいく従者や侍女たち、主たちの朝食を準備するコックとキッチンメイド、食卓を整える家宰やメイドたち、主の出掛ける足となる馬車を用意する御者など、皆忙しなく動いている。


 その中でも必要以上に素早く動いている従者と侍女見習いは、一歩も譲ることなく我先にと廊下を歩いていく。

 早歩き過ぎて後ろを歩いていた家宰のジョージから「廊下は走らない」と注意されるほどだった。




 歩く速度を少し緩めた二人は、主の部屋の扉の前で立ち止まる。


 ノックしたのは、ターニャより少し手の長いクレイグだった。

 部屋の中から「ふぁ~~あ」と起きたばかりの寝ぼけた声が聞こえると、ターニャは扉を素早く開けた。


 二人はほぼ同時に部屋に入り、互いに牽制しながら主の寝台へとたどり着く。


 マーガレットが起きていることを確認した二人は我先にと「おはようございます」と挨拶したが、偶然にも挨拶はピタリと揃った。

 そのちょっとした奇跡が気に食わなかった二人は、また睨み合う。


 眠い目を擦っているマーガレットは二人の睨み合いには気付かず、欠伸をこさえながら「ふあ~ぁ、おはよう」と間の抜けた声で返事をした。



 クレイグはターニャより一歩前へ出て、今日のスケジュールを確認し始める。


「おはようございます、お嬢様。本日は午前の授業はなく、午後から稽古が入っています。午前のお召し物はどれになさいますか?」


 と、クレイグは昨日選んでおいたドレスの候補のあるハンガーラックへ視線を促した。


「おはようございます、マーおじょうさま。今日はこのピンクのドレスなんてどう? かわいいよ」


 ターニャはクレイグの話に割り込むように、おすすめのピンクのドレスを広げて見せた。


「ん――、ピンクは赤毛の私が着るとぼやけちゃうからあんまり……違うドレスがいいかも」

「それでしたらこちらの深緑のエプロンドレスはいかがでしょうか。お嬢様の瞳の色にも合うと思います」


 そう言いながら、クレイグは選んだエプロンドレスをさりげなく見せた。

 マーガレットの翡翠の瞳がキラリと輝くのをクレイグは見逃さなかった。


「いいわね、それにする」

「わかりました」


 ふん、ターニャめ。

 お嬢様は髪とのコントラストを気にするところがあるんだ。

 だから赤毛の色に近いピンクやオレンジは、ドレスの候補に選んでも結局避けることが多い。

 僕の勝ちだな。


 クレイグはターニャを見て満足気に勝ち誇った。

 気付いたターニャは口をムッと閉じて悔しそうにしたが、すぐにニヤリと笑い「それじゃあ。マーおじょうさまは着がえるから、クレイグは出ていって」と、クレイグを部屋から追い払った。

 部屋を追い出されたクレイグは扉にもたれてうなだれる。


 くっ、性別には勝てないのか。



 晴れて侍女見習いとなったターニャは何を考えているのか、クレイグが今までやっていた仕事を根こそぎ奪おうと狙っているようなのだ。

 そんなターニャに対してクレイグも負けじと対抗心を燃やすものだから、仕事の取り合いが発生して今のようなギスギスとした職場になってしまっている。


 しかし、負けるわけにはいかない。

 お嬢様に最初に仕えた者として僕はターニャに勝ってみせる!


 追い出された廊下で決意を新たにしていると、扉が開きヘアブラシを片手に持ったターニャが半べそをかいて泣きついてきた。


「クレイグ、マーおじょうさまの髪をおねがい」


 どうやらターニャは髪を整えるのは苦手のようだ。

 これは僕が一歩リードかな。



 ★☆★☆★



 午後。

 マーガレットたちは、兄のイグナシオと共にグリンフィルド騎士団長の稽古を受けていた。


 訓練場では、現在クレイグとターニャの稽古が試合形式で行われている。


 稽古に参加するのは今回が初めてのターニャだったが、半年以上稽古を続けているクレイグとどういうワケか互角にやり合っている。

 どうやら母のタチアナから稽古を付けてもらっていたらしい。


 ターニャは拳で戦う格闘術が得意で、グリンフィルド騎士団長からも「剣の才能はないけれど、君には格闘の類まれなる才能があるね。暗殺部隊はおすすめかもしれないな」とまで言わせて、たった一日で注目される存在となった。




 稽古も終了し、マーガレットの部屋へと戻る道中、楽しそうに会話をするマーガレットとターニャの後ろで、クレイグはひっそりと落ち込んでいた。


 剣の鍛錬は毎日欠かさずして、グリンフィルド先生にも褒めてもらえたから強くなったと思っていたのに、まさかひとつ年下のターニャに勝てないだなんて……自分の力を過信していたな。

 これじゃ、お嬢様をお守りするのも僕じゃなくてターニャの方が…………。

 侍女がいるのなら従者の僕なんて必要ないんじゃないだろうか。

 僕がお嬢様の従者としてそばにいる意味はあるのかな。


 クレイグは胸の奥がチリチリとひり付き、足取りが重くなるのを感じた。

 何となく振り返ったマーガレットはクレイグの暗い表情を見て眉をひそめる。



 クレイグ、何だか元気がなさそうね。どうしたのかしら?


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