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第60話 見知らぬ感情

 クレイグの右足は自然とマーガレットへと向かった。しかし、すんでのところで足を止め、庭中に響く大きな声で言い放つ。


「僕は……そんなふしだらなことはしませんっ」

「ええっ、ふしだらってもしかして私とターニャのこと? 私たちはふしだらなんかじゃないわ、失礼しちゃう。ほらターニャ……ぎゅ~~っ」

「うふふ。マーおじょうさまったら、くすぐったいよー」


 二人の戯れは、やきもきしているクレイグにとって火に油を注ぐ行為だった。

 どういうわけか、クレイグの心はざわざわと騒ぎ出す。


「今日初めて会ったばかりの子にそんな簡単に抱きつくなんて……ふしだらじゃないですか!」


 クレイグも自分で言っていて意味がわからなかった。

 なぜだか感じてしまった敗北感に、頭が混乱して心が追いつかない。

 クレイグの言い分に頭が追いつかないのはターニャも同じなようで、ターニャは首をひねっている。


「どういうこと? 会ったばかりじゃないクレイグなら、ふしだらじゃないってこと? だったらクレイグがマーおじょうさまに抱きついてお手本を見せてよ」

「……そうね。クレイグがそこまで言うのだから、ふしだらじゃない抱きつき方がきっとあるのだわ。クレイグ、ちょっとお手本を見せてちょうだい、ね?」



 抱き合っていたマーガレットとターニャは離れると、マーガレットはクレイグへとゆっくりとにじり寄る。両手を広げて受け入れ態勢万全のマーガレットは、いつでも抱き締めてと言わんばかりだ。


「どうしたのクレイグ? お手本を見せて、さあ」


 楽しくなってきたマーガレットは、クレイグの手にちょっとだけ触れた。

 その瞬間、クレイグの肩はビクリと跳ねて心臓の鼓動は高鳴り、マーガレットの翡翠の瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。


 ―お嬢様に抱き、つく……そんなことしたら、僕はっ。


 胸の奥が苦しく、違和感を感じたクレイグは大きく深呼吸して冷静さを取り戻す。


「あの、すみませんお嬢様。僕が言い過ぎました。お二人の抱擁は決してふしだらではありませんのでその、その…」

「…………タッチ」

「へ?」

「やったわターニャ! クレイグにタッチできたわよっ」

「わあぁぁぁっ、おじょうさますごぉ―――い。強すぎクレイグに勝っちゃった」

「じゃあ、次はクレイグが色鬼ねー」


 マーガレットは、鬼になったクレイグからスキップしながら意気揚々と離れていく。

 やっと理解が追いついたクレイグは、ただただ笑うしかなかった。


「あははは、こんなことで負けるなんて…………僕って」


 悔しいようなやるせない気持ちと、もっと心の奥にある温かくてじんと痛む何かを、微かに感じたクレイグだった。



 ★☆★☆★



 庭園、訓練場、外廊下にある施設内のすべての色を出して、色鬼を遊び尽くしたマーガレット、クレイグ、ターニャの三人は疲れて庭園近くのベンチに腰を下ろしていた。


 外を散策していてマーガレットを見つけた仔猫のにゃんコフは、ベンチに腰掛けるマーガレットの()()に駆け寄りちょこんと座ると、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 マーガレットにすっかり懐いたターニャは、マーガレットの()()を陣取りマーガレットの手を握って顔を寄せて猫のようにじゃれている。


 まさに両手に猫状態のマーガレットであった。



 同じベンチではあるが二人とは少し距離をとって座っているクレイグは、横目でその様子を見ていた。


 ターニャめ、何でそんなにくっついているんだ。

 こいつがいるとどうにもペースが乱れる。


 クレイグのそんな心の声など知らないマーガレットは空を見上げると、ゆっくりとベンチから立ち上がった。


「そろそろ日も暮れてきたし、帰りましょうか。ターニャのお母様もきっと心配しているわ」

「うん。またあそぼうね、マーおじょうさま」

「ええ、今度はまた違う遊びをしましょう」



 マーガレットとターニャはこう言っているが、クレイグはこの後ターニャの母のタチアナに今日の件について尋ねるつもりでいた。


 もしターニャが屋敷に忍び込んだのだとしたら、屋敷のセキュリティなどいろいろと問題が出てくるだろう。リスクを減らすためにも確認は必要なのだ。

 ターニャとはこれでお別れ。

 もうそんな簡単に顔を合わせることはないだろうとクレイグが平常心を取り戻した頃、後ろの渡り廊下から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。



「まあターニャ。こんな所にいたの」


 三人が振り返ると、そこにはターニャの母のタチアナが心配そうな表情を浮かべて駆け寄ってきていた。

 気付いたターニャは「かあさまっ」と嬉しそうに小走りして抱きつく。


「もうどこに行ってたの? レイティス様にご挨拶に行った後いなくなったと思ったら」

「あのね、かあさま。マーおじょうさまと色鬼してあそんだの」

「えぇぇ!? マーガレットお嬢様、私の娘が何か粗相を致しませんでしたか?」

「ううん、とってもいい子だったわ。ターニャと遊べて私も楽しかったし」

「あぁよかった。いろいろとご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

「謝ることないわよ。ところでタチアナ、お母様に挨拶って何かあったの?」

「えっと……そうですわね、マーガレットお嬢様には順番が逆になってしまいました。初対面はきちんとした紹介をしたかったのですが。実は、ターニャにお嬢様の専属の侍女になる話が出ておりまして、今日レイティス様と面接をしたのです」

「え、ターニャが私の侍女? あ、そっか。言われてみれば……」


 ゲームで、いつもマーガレットの隣にいる侍女の子にターニャは似ているのだ。

 見覚えあると思ったのはそっちだったのね。

 たぶん、聞くまでもないけど……。


「それで、お母様との面接の結果はどうだったの?」

「はい、どうにか合格でした。後は明日お嬢様と顔合わせをして、お嬢様との相性を見ようということになっていたのですが」

「それなら問題ないわ。もうすっかり仲良しになったもの。ね――っ、ターニャ」

「ね―――っ、マーおじょうさま」


 マーガレットとターニャはにこにこと笑い合って、女子特有の仲の良さを醸し出している。

 マーガレットとターニャ、安心したタチアナの周囲にはふんわりとした温かな空気が流れた。



 ところでクレイグはというと、その空気とは真逆の重い空気を漂わせ、これから始める大変な日々に気が遠くなり、オレンジ色に染まった曇り空を見つめて、ふぅとため息を吐いた。


 今度からターニャ(あいつ)もいるのか……。


「ニャアァ……」


 諦めのクレイグを(なぐさ)めるように、にゃんコフはクレイグの太ももに肉球をポンと押し付けた。




お読みいただきありがとうございます。



次の第12章は――

侍女見習いターニャも加わり、新体制になったマーガレットたち。

従者と侍女という違いから、クレイグは歯がゆさを感じ始めます。

その不安から、マーガレットにあることを吐露してしまうのですが……。

よかったらお読みください。

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