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第59話 この庭にひとつだけ

 誘拐されたこともあったせいか、マーガレットもクレイグもおかしな出来事に警戒心が強くなっている。

 クレイグはマーガレットを庇うようにターニャの前に立ちふさがった。


「いくらタチアナさんの子供でもいきなり来て遊ぼうって、あまりにも非常識じゃないですか。誰かに頼まれたのですか?」


 クレイグも、幼いターニャが悪い大人に(そそのか)されたのではと疑っているようだ。

 しかし、ターニャは顔色ひとつ変えずにキョトンとした顔で首を横に振る。


「たのまれてないよ。ひじょーしきって何? おいしい?」

「おいしいわけないでしょう。非常識というのは常識がないということです」

「えー、それだったら名前を名乗らないあなたもひじょーしきだよ。名を名のれ、名なしのごんべー」

「…………僕は前にあなたに会った時に名乗っています。クレイグです」

「え、くれいぐ? 牛乳屋さんの子?」

「……な」


 あ然としたクレイグは開いた口が塞がらなかったが、二人の様子を見ていたマーガレットの緊張を解くには十分(じゅうぶん)の会話だった。



「ふふ、牛乳屋さんってターニャって面白いのね……そうね、せっかく遊びに来てくれたのだし、何かして一緒に遊びましょうか」

「わーい、やったー」


 あまり表情は変わらないが、ターニャは手を大きく広げてぴょんぴょん跳ねて喜びを表現している。その隣でクレイグが何か言いたそうにこちらを見つめている。



 わかってるわ、クレイグ。

 今日会う予定の入っていない、しかも初対面の人の警戒を簡単に解いてはいけないと言いたいのでしょう。

 クレイグの言う通りよ。

 ただこれは私の勘だけど、ターニャは大丈夫って気がするの。


 まだ続いているクレイグからのチクチクとした視線を受けながら、マーガレットは周囲の庭園を見渡した。季節は春ということもあり、白やピンク、黄色や赤など色とりどりの花で庭園はあふれている。


 いろ、色……


「そうだわ! 色鬼をして遊びましょう‼」

「いろ、おに?」


 小首を傾げたターニャの様子から「いろおに何ソレおいしいの?」とでも考えていそうだ。


「もしかしてこの世界にはない遊びだったかもっ!?」と焦ったマーガレットだったが、クレイグの「本気ですか?」と訴える呆れた視線からこの世界にも色鬼はあると確信し、マーガレットは安心してゲームの説明を始めた。


「色鬼っていうのはね、逃げる人が『鬼さん鬼さん何の色~?』って鬼に色を尋ねて、鬼が答えた色と同じ色の物に触っていれば鬼に捕まらないっていう遊びよ。追いかけられている子は、十秒経ったらまた鬼に色を尋ねるの。もし色を見つけられずに鬼にタッチされたら、次はタッチされた人が鬼になってしまうわ。ただし、同じ物の色は一回だけ使えることにしましょう」

「う――ん……ちょっとむずかしい?」

「ううん、そんなことない。このお庭にはたくさんの色の花が咲いているからきっと楽しいわよ。あ、ただし花を触ると花が傷んじゃうかもしれないから、花の時は指で差すことにしましょうか」


 何度も説明をして、ようやくルールを把握したターニャは灰色の瞳をキラキラと輝かせてやる気満々だ。文句がありそうなクレイグも稽古道具を置いて、ジャケットを脱ぎ袖を捲り上げ、参加するのが当たり前のように準備している。


 二人の様子を確認したマーガレットはお気に入りの扇子を振りかざす。


「よーし、それじゃあ始めましょうか。私が最初の鬼をやるわ! 主従なんて気にせず無礼講でいきましょう。いくわよ―――っ」



 ★☆★☆★



 庭園の花の種類まで網羅(もうら)しているクレイグは強く、結局マーガレットとターニャが鬼を交代ずつ務めることとなった。


 ようやくクレイグの名前を覚えたターニャは「クレイグつよすぎー」と先ほどから口癖のように抗議している。

 逆にさっきまで不満タラタラだったのが嘘のように、クレイグは満足気な様子だ。


「毎日この庭園を通る僕が負けるなんてありえません」


 毎日通るのは私も一緒のはずなんだけど、日々変わる花の色まで私は覚えていない。ターニャのためにも、どうにかしてクレイグに一泡吹かせたいわね。


 現在、鬼のマーガレットは色鬼でクレイグを負けさせる作戦を頭の中で練っている。


 まだ出ていない色は、っと……あの辺りの花の白もピンクも紫だってすぐに見つかってしまったし……。



 ふと、クレイグの足元に咲いている一本だけの赤いガーベラがマーガレットの目にとまる。


 赤ってまだでていないし、足元なら気付いていないかも!


「鬼さん鬼さん何の色?」


 クレイグの問いかけにマーガレットは迷わず答えた。


「赤!」


 クレイグはニヤリと笑みを浮かべた。


 この庭園で一種類の花にしかない色、それは僕の足元に咲いている『赤』のガーベラ。

 甘いですお嬢様。

 その色は僕がまんがいち鬼になった時に言うつもりだった第一候補の色。目の付け所はいいですけど、僕だって同じことを考え、て……。


 クレイグがガーベラを指差そうとする前に、クレイグの目の前には信じられない光景が広がった。



 それは「あか――♪」と楽しそうに叫びながら、マーガレットに抱きつくターニャの姿。


 ターニャはどうしてお嬢様に抱きついて…………あ、『赤』毛か‼

 確かに赤ではあるが自分から鬼に触りにいくのは本末転倒だ……でも、でもっ………ターニャに負けた気がするのはなぜなんだ!?

 い、いいや。僕は足元の赤いガーベラを。


「どうしたのクレイグ。赤ないの? だったら、クレイグもおいで――」


 と、ターニャは一緒にマーガレットに抱きつこうと無邪気に提案してきた。


 ――抱きつく!? 僕が、お嬢様に?

 何で……あ、『赤』だからか。

 今は色鬼の最中だし、お嬢様も無礼講だと仰っていた。

 抱きついても問題ないはずだ――はずだ――はずだ――っ(エコー)


 混乱したクレイグは、そもそも同じものの色は使えないというルールが頭から抜け落ちてしまっていた。



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