第55話 幸運の石
「誕生日の日に難しい顔をさせてしまったね。もしマーガレットが婚約したくないと思ったのなら、手紙でいいから連絡をよこしてくれ…………うぉほん。では、手を出してごらん」
また声のトーンが変わったルードヴィヒの様子を不思議に思いながらも、ルードヴィヒに言われた通り、マーガレットは両手を出した。
するとルードヴィヒは胸ポケットのハンカチを開くと、何かをつまんでマーガレットの手のひらに置いた。金属のような冷たい感触がマーガレットの手に伝わる。
「お誕生日おめでとう、マーガレット」
マーガレットの手のひらには、ブルーベリーほどの大きさの宝石の対のピアスがコロンと転がっていた。
石は赤紫色に煌めき、天井の明かりや机のランプに反射して、赤紫から紺や赤へと色味を変えながら光り輝いて存在感を放っている。
石の美しさにマーガレットも思わず声を漏らす。
「……とってもきれい」
「それはレッドベリルという、世界でも採取頻度の低い稀少価値の高い宝石でね。そのピアスは我が家に代々伝わる幸運の石なんだ」
「幸運の石?」
「そう、私の父はこのピアスを母にプレゼントしてプロポーズした。その甲斐あってか、数多の恋敵の中から選んでもらえたそうだ。母はよくこのピアスを好んで付けていたよ。
私が成人すると、そのピアスは母から私に贈られ、私もお前のお祖母様にこのピアスとともにプロポーズして見事受け入れてもらえたんだ。
もちろん私や曾お祖父様だけでなく、ご先祖様もそうしてフランツィスカを紡いできたんだよ。だからお前もこの人だという人が現れたら、このピアスをプレゼントするといい……その恋はきっと成就するだろう」
「そんな大切な物をお嫁にいく私がもらってもいいの? 本当は当主になるお兄様に渡すべきものなんじゃ……」
「なぁに、フランツィスカにはまだまだ幸運の品はあるから心配はいらない。そうだ、お前の将来の相手よりひと足先に、そのピアスを付けた姿を私に見せておくれ」
「えぇ、もちろん」
マーガレットは部屋にあった姿見の前でピアスを付ける。
自分の耳で赤や紺、赤紫へと変化し輝くレッドベリルはプリズムのようにとても美しく、マーガレットの顔立ちもいつもより気品あふれる令嬢のように見えて自然と心躍った。
「うん、とてもよく似合っているよ。マーガレットの赤毛に馴染んできれいだ……おいで、マーガレット」
手を広げた祖父ルードヴィヒの胸にマーガレットは思い切り飛び込み、抱き締められた。
ルードヴィヒの腕に包まれている間、ルードヴィヒはひと言も言葉を発することはなかったが、温かなその腕に守られているようなそんな気がした。
「あんな強い扇子ももらったのに、こんな素敵なピアスまでもらっていいのかしら」
「あの扇子は、賜物が使えるようになったマーガレットへの祝いのプレゼントだ。そのピアスは七歳の誕生日プレゼント。お前に何を贈ろうか考える時間は、お祖父様にとってこれ以上ない楽しい時間だから遠慮なくもらっておくれ。そして飾っておくのではなく、どんどん使ってほしい」
「ええ、もちろんそうするわ。このピアスだって毎日付けちゃう。ピアスを渡したくなくて、好きな人ができても告白しないかもしれない」
「ははは、それならそれでお祖父様としては別の意味で安心だな。じゃあマーガレットがピアスを付けなくなったら、お前に添い遂げたいと思うほど好きな人ができたと受け取っておこう」
「もうお祖父様ったら、気が早いんだから」
あれ? それってお祖父様には私の恋愛事情が筒抜けになってしまうんじゃ……ま、気にしないでおこう。
ルードヴィヒにおやすみの挨拶を済ませてマーガレットが部屋を出ると、廊下で待っていたクレイグが出迎える。
マーガレットの小さな耳に燦然と輝くピアスに一瞬目を見開いたクレイグだったが、特に何も言うことはなく、二人はマーガレットの自室へと戻った。
★☆★☆★
クレイグによって湯あみの準備はできていたが、ルードヴィヒの部屋に長居してしまったため、湯は少し冷めてしまっていた。しかし冷えた手足を温めるには十分な湯加減だ。
マーガレットはゆっくりと湯に浸かり、今日一日の疲れを取っていく。
今日はとっても疲れたけど、有意義な誕生日だった。
お祖父様という心強い味方も見つかったし、これなら幽閉エンドを避けられるかもしれない。
あとは……ふあぁぁぁ~。
大欠伸をしたマーガレットは早めに風呂を出た。
クレイグがベッドのシーツを整えていると、バスルームから頬を紅潮させたマーガレットが満足そうにやって来た。
お風呂上がりのマーガレットはテーブルやタンスの上を確認すると、キョロキョロと何かを探している。
「クレイグ。私、ピアスどこに置いたかしら?」
「……それなら、あちらに置かれていましたよ」
ベッドの隣のドレッサーに置かれた白いハンカチの上に、レッドベリルのピアスは気付かなかったのが信じられないほどキラキラと輝きを放っていた。
そうだ。ドレッサーの上に置いたんだった……ん?
マーガレットの視線はピアスの置かれた『ハンカチ』に釘付けになる。
その白地のレースのハンカチには、白いマーガレットの花の刺繡が施されていて、マーガレットの好みを熟知したような可憐で可愛いらしいデザインだった。
でもおかしい。
ここはマーガレットの部屋なのに、部屋主はこのハンカチを初めて見たのである。
「ねえクレイグ。このハンカチ、どうしたの?」