第54話 王家との因縁
団欒室にて。
マーガレットは友人たちからそれぞれ個性的なプレゼントを受け取った。
ルナリアからは、マーガレットとルナリアが楽しく遊んでいる手描きの絵だ。頑張って書いたであろう「Margaret」の文字の「r」の文字が裏返っているのも愛らしい。
気合の入ったシャルロッテからは、フリルをたっぷりとあしらったシャルロッテとお揃いのドレスと、さらにシャルロッテが願いをきいてくれる手作りの券が十枚付いていた。
そしてアヴェルからは、触り心地の良さそうな大きな猫のぬいぐるみだ。
アヴェルは猫のぬいぐるみを抱き締めて、照れくさそうにマーガレットに渡す。
その様子を皆が生温かく見守っているのが、アヴェルには恥ずかしかったらしく、顔を真っ赤にしている。
楽しい誕生日パーティはあっという間に過ぎ、帰宅の時間となったアヴェルたちをマーガレットは感謝をこめて見送った。
見送りが終わり、寝る支度をしようと階段を上ったところで、マーガレットは祖父ルードヴィヒに声を掛けられた。
「マーガレット、少しいいかい? お前に話しておきたいことがあるのだ」
「なぁに、お祖父様?」
ルードヴィヒの後を付いていったマーガレットは廊下にクレイグを残して、屋敷で一番大きなルードヴィヒの泊まっている客室へと入る。
この客室はマーガレットたち家族の過ごす棟とは逆方向にある部屋で、とても広く、金をところどころにあしらっていて大変豪華な造りになっている。
聞けば、先々代の王も泊まったことがあるらしい。
ルードヴィヒに手招きされ、マーガレットはソファに腰を下ろした。それを確認したルードヴィヒも続けて腰を下ろす。
「……マーガレットは王家の三人の御子たちから絶大な信頼を得ているのだな」
「絶大かはわからないけど、とても仲良くしてもらっていると思うわ」
それを聞いたルードヴィヒはフフフと静かに笑い出す。
その祖父の笑顔に何か含みを感じたマーガレットは、不思議そうに首を傾げる。
「……だからこそ、マーガレットには早めに話しておこうと思ってな。私の母、つまりマーガレットにとっては曾祖母にあたる曾お祖母様の話だ」
マーガレットにはルードヴィヒの話の流れが理解できなかったが、何か理由があるのだろうと黙って祖父の話に耳を傾けている。
「私の母の名は『レティシア・フランツィスカ』と言ってな。
マーガレットの髪色に似たルビー色の燃えるような赤毛の似合う明るく、それでいて優しく、とても美しい人だった。
息子の私や父にも優しかったが、母は誰にでも分け隔てなく優しく、男女関係なく好意を持つ者が多かったと父はよく私に自慢していたよ。
……しかしある日、母のその優しさが当時王妃のジョアナ妃殿下の目に留まった。早くに母を亡くされ、若くして王妃となったジョアナ妃殿下には、気にかけてくれる私の母が実の母のように映ったのかもしれない。
母は王妃の相談役として重用されることが多くなり、茶会や朗読会など、ジョアナ妃殿下が参加するありとあらゆる会の招待状が王家とセットでフランツィスカにも届くようになった。
人のいい母は、せっかくの申し出だからとなるべく参加していたよ。
しかし、ジョアナ妃殿下はだんだんと母を王宮に囲い込むようになってね……
ある日、帰宅の予定時刻を半日過ぎても、母が帰ってこなかった。
城に迎えにいったら、風邪を引いたから王妃の好意で療養してから帰ると伝えられ、門番に追い返された。
でも、母は一週間経っても帰ってこなかった。
心配した私と父で王宮へと乗り込むと、母は風邪など引いておらず……ジョアナ妃殿下によって話し相手として軟禁されていたんだ。驚いた私たちは問答無用で母を連れ帰ったよ」
マーガレットはルードヴィヒの言葉に相槌を打ちながら、黙って聞いていた。
何かそれって監禁スレスレよね。
自然と背筋がゾクリと身震いする。
当時の王妃様ということは、おそらく今の王太后のことだろう。
つまりアヴェルやルナリア、シャルロッテのお祖母様のことだ。
王太后様が私の曾お祖母様を王宮から帰さなかったってことよね。
ルードヴィヒは話を続けた。
「周囲の説得もあって、その後はきちんと線引きをしてくれるようになったが、あの時は本当に肝が冷えたよ……(ボソッ)お次はレイティスにもいろいろあったし、まったく」
「え?」
「いや、そのことはいい。私が言いたいのは、フランツィスカ家と王家は代々因縁があるということだ。だから今回、友人や周囲の者に優しくするマーガレットを見ていて思ったんだ。マーガレットはレティシアお母様に似ていると。それでお前も王家と妙な因縁を持つかもと心配してしまってな」
「大丈夫よ、お祖父様。アヴェルもシャルロッテもルナリアも、皆とってもいい子だもの」
「うむ。私もそう信じているのだが……私の母も仲良くしていておかしなことになった。私の心配のし過ぎならそれでいいから、お前にも早めに知っておいてもらおうと思ったのだ」
「えぇ、それはとても勉強になったわ。人に優しくすることは一般的には良いことだけど、人によっては優しさを好意と勘違いする人がいるということ、よね」
前世では、優しくした相手がストーカーになったなんて恐い事件もあったし、お祖父様の言わんとしていることが何となくわかる。
私も年頃になって学園に通い出したら、より一層気を付けないといけないかも。
マーガレットが深く頷いていると、ルードヴィヒは少しトーンを変えてさらに話を続けた。
「……レイティスはお前とアヴェル殿下を婚約させたいようだが、嫌なら断ってもいいんだよ。レイティスのことはお祖父様が何とかしよう」
ルードヴィヒからの提案に、マーガレットは驚いて「にゃ!?」とつい猫のような声を出して口を押えた。
アヴェルと婚約しなければ断罪されることもないわけだし、私が迎えたくない『幽閉エンド』を完璧に避けられるんじゃ。
私にお母様たちの約束を止めることはできないし、いっそお祖父様に頼んで断ってもらったほうが…………うーん、でも……。
眉をひそめて悩むマーガレットに、ルードヴィヒはふぅと息を吐く。
「お前の友人たちにひどい事を言ってしまってすまなかった。もちろん、アヴェル殿下が悪いとは思っていない。マーガレットのことも大切にしてくれそうだし、とても素直で素敵な少年だと思うよ」
そうなのだ。
アヴェルはとてもいい子で、私とも仲良くしてくれている。
お母様たちの『絶対に私たちを結婚させる』という強い意思は覆りそうにないし、とりあえず婚約して、もう少し成長してからアヴェルと話し合って円満な婚約解消を目指すという選択肢もある。
う――ん。
お祖父様に助けてもらうべきか。それとももう少し様子を見るべきか……。