第53話 誕生日パーティ
フランツィスカ家の令嬢がソレイユタウンの人々を救ったというウワサは、瞬く間に王都まで広まった。
最初は聖女の降臨かと期待され、目立ってしまったと青ざめたマーガレットだったが、不思議なことにいつの間にか――屋敷の壁にいくつも穴を開けている恐ろしい『破壊魔令嬢』が建物を破壊して、人々を偶然助けたことになっていた。
破壊魔令嬢が通った後は、瓦礫しか残らないなんてウワサまで流れる始末である。
破壊魔令嬢って……私、バトルゲームの世界でなく乙女ゲームの世界に転生したわよね……?
破壊魔令嬢のウワサが冷めやらぬ頃、マーガレットの七歳の誕生日がやって来た。
誕生日パーティには例年通り、アヴェルやルナリア、マルガレタ妃を招待し、それに加えて新しく友人となったシャルロッテも今回初めて招待した。
四人の乗った王家の馬車をマーガレットはエントランスで出迎え、早速アヴェルやルナリア、シャルロッテから「お誕生日おめでとう」と祝辞を受け取った。
子供四人で談笑していると、扉から祖父のルードヴィヒが顔を出した。するとルードヴィヒに気付いたアヴェルは、すぐに駆け寄って丁寧に挨拶をする。
「フランツィスカ公爵閣下、お久しぶりです」
付いてきたルナリアも兄の真似をして「おいたちぶりれす」と舌っ足らずに挨拶をした。ルードヴィヒは二人の目線に合わせるように膝を突いた。
「これはこれは……アヴェル殿下、ルナリア殿下。こうしてお会いできることを今年も楽しみにしておりました。一年経つとお二人ともご立派になられますなぁ……おや、そちらの方は?」
ルードヴィヒは、マーガレットの後ろに隠れて様子を伺っているシャルロッテを覗き込む。
王家の証である紫の瞳。
ローゼンブルク建国の女神ファビオラーデ様の伝承に近い珍しい薄桃色の髪。
この方はおそらく……。
「は、初めましてフランツィスカ公爵閣下。ワタクシは、シャルロッテ・ローゼンブルクです」
「おお、これはこれはシャルロッテ殿下。シャルロッテ殿下もマーガレットの誕生日を祝いに来てくださったのですか」
「もちろんです。ワタクシとマーガレットはひとつ違いのお友達ですの。とっても仲が良いんですっ」
さっきまで警戒していたのがウソのように、シャルロッテはマーガレットの腕にがっしりと抱きついて仲良しアピールをしている。
初めて会った時に、果たし状を突き付けられて勝負までしたのが遠い昔のようだ。
「それはそれは……仲の良い友というのは一生の宝ですからね。これからもマーガレットと仲良くしてください」
「えぇ、もちろんです。ワタクシ、友人のお誕生日パーティって初めてでとっても楽しみにしてきたのですよ。そうだわ、仲良しの印に素敵な誕生日プレゼントを持ってきました。ミゲル、プレゼントをマーガレットに」
初めての友人のお誕生日会にテンションの上がったシャルロッテは、馬車の前で誕生日プレゼントのお渡し会を始めそうな勢いだ。マーガレットは慌てて止めに入った。
「まぁシャルロッテ、とっても嬉しいわ。でもせっかくのあなたからのプレゼントだもの。ここではなくて奥の部屋でゆっくり見せてちょうだい。アヴェルとルナリアもこっちよ……お祖父様、またあとで」
マーガレットはルードヴィヒに手を振ると、三人を奥の団欒室へと連れて行った。
マーガレットにべったりとくっついた王家の子供たちを見送ったルードヴィヒは、顔をしかめて何か考え込んでいる。すると、馬車から最後に降りてきたマルガレタが背後から声をかけた。
「ルードヴィヒおじさま、お久しぶりです~」
「おぉ、マルガレタち、様ではないですか」
「ふふ、いやだわ。『様』だなんて、学生の頃はマルガレタちゃんと呼んでくださっていたのに」
「いやぁ、あのマルガレタちゃんが我が国の第二側妃様になられるとは思いもしなかったのですよ。恐れ多くもマルガレタちゃんと呼んでいた当時の自分を叱らなければなりません」
その時、玄関ホールの階段から降りてきた女性が二人の会話に割り込んだ。
「もう、お父様ったら……そう言いながら今も『ちゃん』付けで呼んでしまっているわよ。学生の頃とは違うのだから、いい加減直しなさいな。ね、マルガレタ」
どうやらレイティスも、マルガレタを迎えるために二階から降りてきたようだ。
ルードヴィヒは、娘のレイティスからの注意に眉を潜ませる。
「フンッ。いまだにマルガレタ様を呼び捨てにする不敬な侯爵夫人に言われる筋合いはないわ。まったく、どうしてそんな無礼な娘に育ってしまったのか」
「マルガレタは私の大切な親友なのだから仕方ないの。どうしてと言われるなら親の躾が悪かったのかもしれないわね……フンッ」
その後のフランツィスカ父娘は「フンッ」の応酬で以下略。
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「そうやって意地の張り合いをするのも学生の頃と変わりませんのね、ふふふ」
そんな二人を見守っていたマルガレタも、学生の頃のように柔らかい笑みを浮かべている。
平民から妃になったマルガレタにとっては、王宮での肩身の狭い立場を忘れられる数少ないやすらぎのひと時なのであった。