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第5話 疑惑のマーガレット

 翌朝。マーガレットの部屋にて。


 朝食をすませたマーガレットは『恋せよ乙女 アリスinラバーランド』略して『恋ラバ』のゲーム内容について、覚えている限りの記憶を脳を雑巾のように(しぼ)ってノートに書き(つづ)っていた。


「んんーっ、これで大体のことは書き終えたわね。ふぅ、つかれたー」


 マーガレットは書き慣れない羽ペンを机に置き、椅子(いす)に腰かけたまま大きくのびをして天井を見上げる。


 私はまだ六歳。

 ゲームのストーリーが始まるのは十年後の十六歳になってからだろう。



 恋ラバは、十六歳になったヒロイン・アリスがローゼル学園に入学するシーンから始まる。

 貴族ばかりの学園に平民のアリスが特待生(とくたいせい)として入学し、学園での二年間で攻略キャラたちと親睦(しんぼく)を深め、やがて恋に落ち、降りかかる困難をパートナーと共に乗り越えてハッピーエンドを目指す乙女ゲームだ。


 攻略対象キャラは、

 マーガレットの婚約者になるクールな第三王子アヴェル、

 問題児の騎士マティアス、

 俺様生徒会長ラウル、

 アリスの幼馴染(おさななじ)みで神官見習いのユーリ(前世の私の推し!)、

 同じく幼馴染みで実はスパイのザザ、

 学園の教師で女生徒にモテモテのフェデリコと、

 (プラス)隠しキャラを含めた七人。


 マーガレットが死ぬのは、確かアヴェルルートのバッドエンドとザザルートのトゥルーエンドのふたつ。

 これは私が気を付けるとして、本当に恐ろしいのはほとんどのルートでマーガレットは()()()()()()()()運命ということだ。

 (むし)ろ幽閉されないルートのほうが珍しいのよね。


 う―――ん。私が思うにマーガレットが一番幸せになるエンドは、アリスと騎士マティアスのトゥルーエンド一択(いったく)なんじゃないかしら。

 マティアスルートのラストで、結ばれたアリスとマティアスを横目にマーガレットはマティアスルートの恋敵(ライバル)キャラ・シャルロッテと傷心(しょうしん)旅行に行く描写がある。

 確実にマーガレットの自由が保証されているのは、このルートだけだ。

 もちろん強制なんてできないけど、アリスにはできればこのルートに進んでほしい。


 ヒロイン・アリスもハッピーエンドを引き立てるためか、バッドエンドだと行方不明になったり記憶を失ったり、殺されてしまったりとひどい目に合いやすい。



 それにちょっと気になることがある。

 ゲームがバッドエンドを迎えた時、ラストの文末が必ず「そして革命が起きた」で締めくくられるのだ。ゲームで遊んでいる時は深く考えなかったけど『革命』って何かしら?その文章が出た時点でゲームオーバーだから先を確かめようがなかったのよね。

 とにかくアリスがバッドエンドに進まないように、影から手助けするくらいしか手はないか。


 私の第一の目標はマーガレットとして生き残り、幽閉&死亡ルートに進まないこと。そのためにはアヴェルから婚約破棄されないことだけど、正直アヴェルと婚約しないことが1番じゃないかと思う。


 でも、お母様とマルガレタ様の様子を見ていると断るのは無理そうなのよね。


 マーガレットの記憶でも母親二人の会話は私とアヴェルが結婚すること前提なものが多く、私たちの結婚は生まれた時からの決定事項になっている。

 マーガレットもアヴェルも、もう慣れっこなのか結婚については気にしていないみたい。

 

 マーガレットってアヴェルのことを幼馴染みとして見ていて特別な感情は抱いていないようだけど、それならどうしてアリスをいじめたのかしら?

 今は何とも思ってないけど、どこかでアヴェルのこと好きになるの?

 だとしたら、これから私が……まさかねぇ。

 

 マーガレットは気を取り直してまたノートに書きなぐり始めた。





 一方、フランツィスカ家の廊下にて。


 おかしい。明らかにおかしい。


 タチアナからマーガレットの様子を聞いた母レイティスは、娘の変わりように動揺し、様子を確かめるために食事も取らずに娘の部屋へと足早に向かっていた。


 マーガレットが朝一人で起きて、一人で支度までしたですって⁉

 これまで起きることはあっても、タチアナ以外のメイドの手伝いは受け入れず、タチアナが来るまで顔を洗うこともできなかった()なのに。


 マーガレットに選んだ家庭教師は、あの()()(まま)についていけずに半年ですでに九人辞めている。

 そんなあの()が、たった一日で変わるなんてどう考えてもおかしい。

 まるで人が変わってしまったよう。


 まさか、昨日池で(おぼ)れてしまった時に池の中で精霊が別の人間に取り替えてしまったんじゃ………そんな馬鹿なことあるはずない、わ。




 マーガレットの部屋の前までたどり着いたレイティスはノックもせずに扉を開ける。疑惑のマーガレットはというと、机に向かって懸命にノートに何かを書いていた。


 んなっ、マーガレットが勉強しているですって⁉

 やっぱり別人よ!


 物音を聞いたマーガレットは、レイティスに気付くと書く手を止めて、素早くノートを閉じ振り返ってにこりと笑う。


「おはようお母様。朝食に来なかったけどもう大丈夫なの?」

「…えぇ、ちょっと驚くことが続いたから精神的に疲れて多めに眠っただけよ。マーガレットこそ、溺れた昨日の今日ですっかり元気そうで安心したわ……一人で起きて準備して、まるで………別人みたい」


 瞳をぱちくりと(またた)かせたマーガレットは、自慢げに話し出した。


「そう……私ちょっと頑張ってみたの。偉い?」

「えぇ、とっても。まるでマーガレットじゃないみたい」



 しーんと不可解な静寂(せいじゃく)が流れる中、母娘(おやこ)は見つめ合い、いや互いの出方を(うかが)うように笑顔で(にら)み合った。笑顔の裏でマーガレットは大変(あせ)っていた。


 どうしよう。

 お母様はマーガレット(わたし)が別人じゃないかと(うたが)っているみたい。

 厳密に言うと私は別人になったわけではない。私は記憶を思い出しただけで、マーガレットとしての記憶も振る舞いもこの心と身体に刻まれている。


 マーガレットと取って替わったわけじゃなく、前世の私も今の(マーガレット)も、同じ私なのだ。

 だから、私は間違いなくお母様の子よ。やましいことなんて何もないのだから、お母様の威圧に(ひる)む必要なんてないわ。


 マーガレットは今できる最高の、とびっきりの笑顔を作った。


「うふふ、私ね。池に落ちて改心したのよ。あんな()(まま)を言っていてはダメ。これからは素敵なレディを目指さなきゃって」

「レディですって⁉ …本当の本当にマーガレットなの?」

「もちろんっ、私はマーガレットよ」

「じゃあ、去年お祖父様(じいさま)と会った別荘の場所の名前は?」

「名前? 名前は分からないけど大きな湖がキラキラしてとてもきれいだったわ。あ、あそこにお気に入りのドレスを忘れたの。今年は取りに行かなくちゃ」

「……じゃあ、あなたの三番目の先生は何て名前だった?」

「え、そんなの分からない。名前を名乗るまでいられたかしら」

「ふ、正直私も分からないわ。でもその受け答え、あなたはやっぱりマーガレットなのね」


 レイティスの言葉にマーガレットは胸を()で下ろす。

 しかしレイティスはその(すき)を見逃さず、マーガレットの手元のノートを目にも止まらぬ速さで取り上げた。

 これまでのマーガレットの様子から、マーガレットがノートを目に付かないように隠していることはレイティスには一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

 ノートを奪われたマーガレットも「しまった」と顔を(ゆが)ませている。


 やっぱり、字も書けないのに勉強なんておかしいと思ったのよ。きっとこのノートに何か秘密が――


 ノートを開いたレイティスは驚いた。


「な、何よコレ⁉」

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