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第49話 お兄様は心配性

 マーガレットたちが氷の祭典へと出かけた同日。

 フランツィスカ家の庭園の一角で、イグナシオと従者のサイラス、そしてサイラスの妹の一歳のナタリーは椅子に座ってまったりとくつろいでいた。


 可愛い盛りのナタリーを目に入れても痛くないほど可愛がっているサイラスの姿は、イグナシオにとって非常に奇妙に映った。


 そのうえ――


「あぁ、ナタリーは可愛いなぁ。でも、いつかは『お兄様なんて嫌い』なんて言って、誰かを好きになって結婚するんだろうなぁ……うぅぅ」


 と、ほろりと涙を流す始末である。

 イグナシオは自分の従者サイラスの意外な一面にドン引きしつつ、頭を抱えてため息を吐く。


「はぁ、お前なぁ。まだ話もしない赤ん坊なのに、今からそんなことを心配してどうする?」

「でもっ、可愛いナタリーを見ていると自然と考えてしまうんですうぅっ……イグナシオ様はマーガレット様が心配ではないのですか?」

「何で俺があいつの心配なんてするんだ。そもそもマーガレットは、生まれた時からアヴェル殿下との結婚が母同士の約束で決まっているんだぞ。同情はしても心配なんて」



 ヒヒィィィーーーーンっ、ブロロロロッ。


 物音に気付いたイグナシオがエントランスを覗くと、黒馬が二頭止まっていて、こわばった顔をした父セルゲイと、サイラスの父ナイロが屋敷へと入って行くところだった。

 父二人の表情から何か感じ取ったイグナシオたちは、すぐに玄関ホールへと向かう。玄関の扉を開けると、ホールはすでに騒がしかった。


 母レイティスとサイラスの母キーラが父たちを出迎えていたが、レイティスの様子がどこかおかしい。

 レイティスは興奮しながら何か叫んでいるが、何と言っているか聞き取れない。



 あの金切り声、ちょっと前にも耳にしたな。

 あれはマーガレットが行方不明になった時だった…………ま・さ・か。


 あの時の腹を(えぐ)られるような感覚が(よみがえ)り、イグナシオは四人の大人たちの会話を注意深く聞いた。


「崩落って何よ。マーガレットとお父様は無事なの!? どうなのセルゲイ」

「それがわからないんだ。軍に入った連絡は、今のところソレイユタウンの祭典の建造物が崩落したとの連絡だけだ。人々の安否も、どのくらいの規模なのかもまだわからなくて……もうしばらくすれば続報が届くはず。あっ、ちょ、首を掴まないでくれレイティスっ」

「それだけじゃ心配するだけじゃないの。まだ知らない方がマシ……っ」

「あ、レイティス様っ」


 興奮のあまり気を失いかけたレイティスがくらりとよろけると、隣にいたサイラスの母キーラが駆け寄ってレイティスを支えた。

 レイティスは、セルゲイとキーラに支えられて近くのソファーに座ったが、ぐったりとしている。


 前回、マーガレットが行方不明になった時は従者の手紙もあり、お母様は自ら動いてマーガレットを探すことで自制心を保っていたが、今回は遠く離れたソレイユタウンにいる二人の安否を待つという所業――――これにはお母様も辛そうだ。


 お祖父様は大丈夫だろうか。

 ……一応、マーガレットも心配だ。


 冷静な俺、イグナシオは慌てることなく、ぐるぐるぐるぐる………


「あのぅ、イグナシオ様」


 申し訳なさそうなサイラスの声が耳に入る。

 右腕でナタリーを大事そうに抱えたサイラスは、もう片方の左手で俺の肩を掴んだ。


「どうしたんだサイラス。その手を退()けろ」

「……いえ、退()けません。退()けたらイグナシオ様はまたぐるぐると回り始めるでしょう。とにかく、イグナシオ様も落ち着いてください。さあ、奥様のお隣のソファで休みましょう」


 サイラスが言うには、俺は玄関ホールの周りを延々と歩き回っていたらしい。

 決して動揺して無意識にやってしまったわけではない。


 俺はお母様の隣のソファに座り、行儀よく待つことにした。


 ―タンタンタンタンッ。


「イグナシオ、その貧乏ゆすりをやめて」


 憔悴中のお母様の注意もあり、俺は行儀よく待つことができた。



 ★☆★☆★



 それから二時間ほど経った頃、早馬に乗ったルードヴィヒの護衛の一人がソレイユタウンにいるルードヴィヒ本人から朗報を届けてくれた。



『心配ない。マーガレットのおかげで私も皆も無事。予定通り滞在する』



 という短い文章だったが、その場にいた皆はホッと胸を撫で下ろした。

 大人しくソファに座っていたイグナシオも立ち上がり、


「ふんっ、マーガレットの行くところはどうしてそんな事件ばかり起こるんだ。あいつが原因じゃないのか」


 と、口を尖らせている。

 さっきまであんなに動揺していたイグナシオは、今度は悪態を吐くことに忙しそうだ。


 イグナシオ様ったら、本当は心配していたのバレバレなのに何て素直じゃないのだろう。


 サイラスは微笑ましくイグナシオを見ていた。

 すると、イグナシオは大人には聞こえないような小さな声でサイラスに呟いた。


「マーガレットのことだ。きっとあのおっかない賜物(カリスマ)を使ったんだろう。あんな壁を壊すばかりの賜物(カリスマ)でも役に立つんだな」

「ふふ。マーガレット様のことですから、うまくお使いになったのでしょう……その」

「ん、何だ?」

「イグナシオ様はその、マーガレット様の賜物(カリスマ)をあまりよく思っていないように感じていたので」

「ああ、今も気に食わん。前は賜物(カリスマ)と聞くだけでイライラしたが、今は不思議と怒りはない」

「それはきっと、イグナシオ様の心が穏やかになられたんですね」

「穏やか?」

「ええ、ほら見てください。ナタリーもイグナシオ様に遊んでほしそうに手を伸ばしているでしょう。小さなナタリーが遊んでとせがむのは、大丈夫だと思った人だけですから」

「そんなものか?」


 イグナシオがナタリーの小さな手を握ると、ナタリーは楽しそうにキャッキャと笑い出した。その笑い声を聞いたナタリーの母キーラは不思議そうに首を傾げる。


「あら、ナタリーがそんな風に笑うなんて珍しいわぁ。もしかしたらイグナシオ様のことが大好きなのかもしれませんわね、うふふ」

「え!!?」


 キーラの言葉にいち早く反応したサイラスは、すぐにナタリーの小さな手をイグナシオの手から引っぺがして一歩後ろへと下がった。


 イグナシオは何事かと目を丸くする。

 そして、サイラスは今までで一番強い意志を持って言い放った。


「い、いくらイグナシオ様でもナタリーとは結婚しちゃダメですからっ!!!!!」

「だからどうしてそうなるんだ、サイラス!」



 もしも本当に俺の心が穏やかになったというなら、それはいつも気にかけてくれるサイラスと、トラブルばかり引き起こす愚妹(ぐまい)のおかげだろうな。


 と心の隅で思ったが、決して口には出さないイグナシオだった。


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