第48話 モヤの中の誰か
結局、マーガレットたちはソレイユタウンに三日間滞在し、復興を手伝った。
王都からの支援部隊も到着し指揮権も部隊に移譲したので、マーガレットたちはついに王都へと帰ることとなった。
その王都への帰り道、馬車に揺られたマーガレットはあんな恐ろしい事件に巻き込まれたにもかかわらず、とても上機嫌だ。
「孤児院が建てられそうで良かった。お願いを聞いてくれてありがとう、お祖父様」
「可愛い孫娘の頼みなら何でも聞くとも。重い氷の瓦礫をマーガレットが片付けてくれたから、すぐにナイロが取り掛かるだろう」
ナイロは、イグナシオの従者のサイラスの父の名だ。
サイラスの実家はフランツィスカ領で『フロート建設』という名で建設業をしている。
私がうっかりあけてしまう屋敷の壁の穴も、フロート建設の王都支社に頼んでいつも直しているらしく、ナイロさんからは「いつもありがとうございます」と直接感謝されてしまった。
悪役令嬢といえど、まだ六歳のか弱い少女なので、壁を破壊して感謝されるのはちょっぴり複雑である。
ルードヴィヒは思い出したようにマーガレットに話しかけた。
「しかし、もっと何か欲しいものはあったりしないのかい? 可愛いドレスや人形、宝石だっていいのに……孤児院の再建や炊き出しがしたいなど、現実的すぎてお祖父様はマーガレットが心配だ」
「孤児院の再建なんて、かなりぶっ飛んだお願いだと思うのだけど。お祖父様は私を甘やかしすぎよ」
「いやいや、それだけでは私の気持ちがおさまらない。他に欲しいものはないのかい?」
「うーん、それだったら……」
「ふむふむ?」
「…………」
「遠慮しないで言ってくれ、マーガレット」
「……クレイグを私の従者から外さないで。それが私の欲しいものよ」
「…………くっ、どうしてそんな難しいことを言うんだ」
「え、孤児院を建てるよりもずっと簡単なお願いでしょー!?」
不意を突かれたルードヴィヒは黙り込み、クレイグも気まずそうにどこか遠くを見ている。馬車の中には何とも言えない空気が流れるのだった。
馬車に揺られ帰路につく中、ルードヴィヒはマーガレットの変わりように改めて驚いていた。
我が孫娘は、一体どうしてしまったのだろうか。
ついこの前まで「おじいさま、おじいさま」と無邪気に笑ったかと思うと、ビービー泣いて我が儘ばかり言う子供だったのに「従者を外さないで」が願いだと……。
そもそも従者にマフラーを巻いてやったりポテトを食べさせたり、なぜそんなに世話を焼くのだ。
この従者をそんなに気に入っているのか? お気に入りなのか?
好きなのか? ラブなのか? 結婚したいのか?
いやいやいや、いやいやいやいや…………そんなわけあるはずない。
それとも従者への優しさからなのか。
優しさからだとしたら、マーガレットは天使の生まれ変わりで、背中に羽根を隠しているのかもしれない。
どれ、あとで背中をさすってみよう。
親バカならぬ祖父バカをこじらせたルードヴィヒは、ふと馬車の窓の外に目をやる。
窓の外には真っ白な雪景色が広がっていて、ルードヴィヒの興奮した頭も少しだけ冷えたような気がした。ルードヴィヒは、心のどこかに引っかかりを感じていた。
最近のマーガレットを見ていると、誰かを思い出す。
白い靄の先の懐かしい誰かを……。
「お祖父様、大丈夫?」
ふとルードヴィヒの眼前に、心配そうに覗きこむマーガレットの姿が広がった。
私と同じ赤毛を引き継いだ、小さなマーガレット。
眉をハの字にして心配そうに私を見つめる姿も、誰かの面影を彷彿とさせる。
ルードヴィヒはマーガレットを抱き寄せて、膝の上に乗せ背中をさすった。
「あはははっ、お祖父様ったらくすぐったいわ」
どうやら天使の羽根は、生まれる時にレイティスの中に忘れてきたらしい。
声を出して楽しそうに笑うマーガレットの横顔に、ルードヴィヒはある既視感を覚えた。
――すると、かかっていた靄が晴れていく。
マーガレットが誰かに似ていると思ったが、ようやくわかった。
しかしそうなると……マーガレットは波乱の人生を送るかもしれない。
できれば王家に深く関わってほしくはないのだが……うちの家系は王家と因縁があるからな。目立つことはなるべく避けるべきだ。
今回の件が大きく扱われぬように手心を加えるべきか。
馬車に揺られ、自分の膝の上でスヤスヤと眠る孫娘の髪を優しく撫でながら、ルードヴィヒはある人物を思い出し、深いため息を吐く。
ルードヴィヒの不安は、馬車が王都へと近付くほど大きくなっていくのだった。
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次の話は、
マーガレットたちが氷の祭典に行っている間の、フランツィスカ家のある日の出来事です。
まったり過ごしていたイグナシオたちのもとに、不穏な報せが届きます。