第47話 私にできること
捕まっていた少年二人も、今は縄を解かれて警備兵たちに泣きながら謝っている。それ以外の警備兵はハンスのもとへと集合して指示を仰いでいるようだ。
トライセンの壁だった警備兵たちを一瞬で従わせたルードヴィヒの技量に驚いたマーガレットは、祖父に尊敬のまなざしを送っていた。
お祖父様。すごいわ、カッコイイ!
「ソレイユタウンの復興にフランツィスカは援助を惜しまない」って言葉も、私がフランツィスカの人間だからか、誇り高く胸が熱くなった。
マーガレットは周囲を見渡した。
祖父も警備兵も救護班も、今は忙しなく動いている。
その様子を見ていると、マーガレットの身体は自然とウズウズしてくる。
ひと通りの指示を済ませたルードヴィヒは、笑顔を浮かべてマーガレットとクレイグの元へとやって来た。
先ほどまでの警備兵に指示を出す鋭い眼光の祖父ではなく、今はいつもの優しい祖父の顔に戻っている。
「マーガレット。すまないが、今日は当初の予定通りソレイユタウンに泊まることになりそうだ。帰ろうとしていたのに、いいだろうか?」
「それはもちろんかまわないわ、お祖父様」
「そうか……それならば街中のホテルを取ってあるから、お前はそこで休んでいなさい。あそこは被害にあっていないから安全だろう……さて、私の命の恩人の可愛いマーガレットには、お祖父様がなんでもお願い事を叶えてあげよう。何か欲しいものはあるかい?」
ルードヴィヒは膝を突いてかがむと、まだ小さな孫娘の顔を覗き込んだ。
何か考え込んでいる様子の孫娘マーガレットはそっと呟く。
「………だったら」
「おぉ、あるのかい。何でも言いなさい」
「あのね、お祖父様。氷の神殿のある場所を元の孤児院と畑に戻してあげてほしいの。それが私のお願いよ」
「何と! 自分のためではなく人のための望みか……うむ、可愛い孫娘の願いは何としても叶えなくてはいけないな。約束するよ、孤児院は元の場所に戻そう。他にお願いはないかい?」
六歳の孫娘の殊勝な心がけに感動しながらも、甘えてほしい祖父はつい次の願いを訊いた。
しかし、マーガレットは首を横に振ってルードヴィヒを見上げた。
「ううん、早くあの子たちにお家を作ってあげて」
「ふむ……何か思いついたらいつでもいいから願いを言ってくれ。さて、今日はいろいろあって疲れただろう。クレイグ、マーガレットをホテルに」
「待って、お祖父様」
「どうしたんだ、マーガレット?」
「私も何かお手伝いできないかしら。皆が復興のために頑張っているのに、私だけホテルで休んでいるなんてしたくないの!」
「うーむ、その気持ちは嬉しいよ。しかし六歳のマーガレットができそうなことなど……」
「お願いよ!」
眉をひそめたルードヴィヒは、うーんと唸りながら首を傾げている。
マーガレットは祖父からの許しを得られないかと、祖父をじ―――っと見つめている。
互いに譲らない二人は見合ったまま、しんとした空気が漂う。
困ったマーガレットは後ろを振り向いて、クレイグに目をやった。
気付いたクレイグは声を出さずに口パクで何かを言っているが、マーガレットには何を言っているのかわからなかった。
こういう時、従者から話しかけると不敬になってしまうので不便である。
普段なら気にせずお小言も言うクレイグだけど、今はお祖父様もいるため自重しているらしい。
でもでも、私からなら話しかけてもいいのよね!
「ねぇ、クレイグ。何か良いアイデアはないかしら?」
「……炊き出しならどうでしょうか。料理をつくることはできませんが、被害にあった皆さんに配膳することは問題ないのでは」
「それだわ! ねえ、お祖父様。私も炊き出しに参加させてください」
「……しかし、侯爵令嬢が炊き出しなど聞いたことがないが」
渋るルードヴィヒに、マーガレットは自信満々に言い放った。
「それなら大丈夫よ。だって氷の神殿を破壊した侯爵令嬢のほうが前代未聞だもの。もうひとつくらい増えても問題ないわ」
「ふはは、それを言われると言い返す言葉もないな。わかった、私の負けだよ。マーガレットの勝ちだ。思う存分炊き出しに参加するといい」
「ありがとう、お祖父様っ」
マーガレットの炊き出しは、ソレイユタウンを救った『英雄の炊き出し』として約三時間待ちの長い行列ができるほど盛況に終わった。