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第46話 雪と氷とあとの祭り

 マーガレットは(いら)立つ心を押さえて、トライセンの望むような何も知らない六歳の少女らしく振る舞った。


「しゅっ、しですか? 私にはよくわかりませんが。そうですねぇ……私が不思議に思っていることについてトライセンさんが答えてくれたら、おじいさまにそう言いましょう」

「おおぉぉ! もちろんです。このトライセンに答えられることでしたら何なりとお答えいたしましょう」

「まぁ嬉しい。それなら遠慮なく聞きますね……えっと、あなたは氷の神殿の一本の氷の柱が折れたと言いましたが、そんな簡単に折れるものなのですか? それに、たった一本の柱が折れただけで崩壊するって元々の構造に問題があるのではないのですか。そういうのって『設計ミス』と呼ばれると、ご本で読みましたわ」


 トライセンは笑顔を張り付かせているが不気味なほどに無言だ。

 さっきまで口から生まれたみたいに饒舌だったのに、黙ることもできたらしい。

 マーガレットは話を続ける。


「思い出したのですが、神殿の設計はトライセンさんがしたと停車場で出迎えてくれた時に言っていましたよね。氷の神殿が崩壊した最大の理由って、本当は()()()()()()()()にあるのではないですか?」

「……いやぁ、何を仰っているのか。設計した記憶はございませんなぁ」


 ――出た!

「記憶にございません」って本当に言うのね。

 そんなことも覚えていられないのなら、あなたに重要な役割は任せられないわよ! …っていつも思う言葉。


 と思いつつ、キョトンとした表情のマーガレットはまだ幼気(いたいけ)な少女を演じている。


「まあ、答えてくれませんの? 約束しましたのに悲しいわ……それでしたら、お祖父様にはお祭りには二度と行きたくないと伝えます……それではごきげんよう」


 マーガレットはクレイグを連れて隣のテントへと続くカーテンに手を掛ける。すると慌てたトライセンは鬼気迫る大声で引き留めた。


「お待ちください、マーガレット様! 今思い出しました。氷の神殿は私が設計し、ました」

「まぁ、思い出したのですね。それはよかったです」

「あの……このことはお祖父様には黙っておいてくださいね」

「もちろんです。私は本当のことが知りたかっただけですもの。私の口からお祖父様に言ったりしません……絶対に言わないのでもう少し詳しく聞いてもよろしいかしら」

「はい。いくらでもお答えいたしましょう」


「それならば、私の質問にも答えてくれるか、トライセン」


 落ち着いた低い声とともに隣のテントへと続くカーテンが開く。開けたのはマーガレットではなく、隣で治療を受けていた祖父ルードヴィヒだった。


「お祖父様。治療は終わりましたか?」

「ああ。マーガレットのおかげで、かすり傷程度ですんだからな。あんな()()()()()()()()()()()殿()のせいで命を落とさなくて本当によかったよ」

「私の賜物(カリスマ)がお役に立ってよかったです。トライセンさんもいっぱい褒めてくれました」


 無邪気な笑顔を浮かべるマーガレットの後ろには、青ざめて口をパクパクさせながら後ずさりしているトライセンがいた。


 ルードヴィヒは虫けらでも見るようにトライセンを睨みつける。睨まれたトライセンは一歩も動けなくなり、岩のように固まってしまった。


 これが俗にいう蛇に睨まれた蛙というやつね。


「それで、何か弁解はあるのかトライセン?」

「……あの、違うんです。これは、不幸な偶然が重なって、私は運が悪かっただけで」

「ほ――――ぅ、まだ言うか。お前の言い方だと全ての責任はお前の運で、お前が不運だったせいで私たちは死にかけたのか?」

「あっ、いやその」

「ならば聞くが……氷の神殿が崩落し、私たちが閉じ込められていた時、主催のお前はどこにいた? 閉じ込められていた私は周囲を確認したが、お前の姿はなぜか神殿内にはなかった。それどころか街のほうに行ったとの報告があるぞ」

「あの……それは」


 トライセンの言葉が詰まる。

 目もずっとキョロキョロと泳いでいるし、何かやましいことがあるのは間違いないだろう。

 壁役の警備兵たちもルードヴィヒと目を合わせないように下を向いて黙っている。


 身分の高い公爵のお祖父様を前にしてもトライセンを(かば)うだなんて……。




「フ、フランツィスカ公爵閣下に申し上げます!」


 その時だった。

 警備兵の人壁の後方から若い男の声が聞こえた。


 人壁をかき分けて踊り出た下っ端の若い警備兵は、敬礼しながら必死の形相で訴える。


「神殿中央部にいた私たちは抜け道を見つけ、裏手の柵を破壊して脱出しました。するとトライセン殿はすぐに自宅へと向かい、出資金を集めて私たちに護衛をさせ、街を出ようとしたのです!」

「おいっ、お前! 若造が何を馬鹿な」

「トライセンは黙っていろ……君は報告を続けてくれ」


 ルードヴィヒの(かつ)を受けたトライセンは怯えるように黙り込み、若い警備兵は落ち着いた様子で話を続ける。


「はい。その後マーガレット様によって皆が救助された報告を受けると、急いで広場へと戻ってそのままここに参りました」

「ふむ。よくぞ言った。他の警備兵の様子からしてトライセンを裏切るのは相当勇気がいっただろう。お前の名は何というのだ?」

「はい、ハンスと申します」

「そうか。ではハンスよ。お前にはトライセンに代わってこの街の復興の指揮を執ってもらいたい。頼めるか?」

「は、はい。了解しました! 私などでよければ喜んで」


 ハンスは胸に手を当ててルードヴィヒに向かって最敬礼をした。

 ルードヴィヒは頷くと淡々と語り出す。


「ではまず、救護の手が足りないと聞いた。町民や観光客からでもいいから救護の経験のある者をかき集めよ。それと今日の炊き出しの準備も始めてほしい。ソレイユタウンの復興にフランツィスカは援助を惜しまない……ん、そこの警備の者たちはいつまで突っ立っているつもりだ。お前たちもトライセンと同じく出資金を持ち逃げするつもりだったのか? 違うのならさっさと動け。トライセンには設計ミスの他にも、出資金の横領の件について聞かねばならない。トライセンを拘置所(こうちしょ)へ連れていけ!」

「「はっ‼」」


 トライセンを守っていた壁は一気に崩れ、数名の警備兵たちはトライセンの両腕をがっちりと掴むと、大勢の観衆が見守る中、拘置所へと連行された。

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