第45話 観衆を味方に
トライセンはマーガレットに一礼すると、例のごとく大声で話し始めた。
「マーガレット様! お疲れのところ申し訳ございません……祭典の主催者として、この度の神殿の事故より救ってくださった御礼を是非とも申し上げたいと思い、参上したしだいであります。マーガレット様のおかげで閉じ込められていた方々も無事救助されました。これもすべてマーガレット様のおかげでございます」
「……そうですか」
マーガレットは仕方なく起き上がったが、トライセンと目を合わせようとはしなかった。
お祖父様にしていたおべっかトークが今度は私に向けられている。
……何か、怪しい。
トライセンは、マーガレットへのおべっかをスラスラと濁流のように述べて担ぎ上げようとしているが、そのおべっかはマーガレットの左耳から右耳へと通り抜けていった。
この人、何のために来たのかしら。
子供の私にまでおべっかを使って、絶対に裏があるでしょ。
「――――そんなわけで、英雄のマーガレット様には私がひっ捕らえた愚かな犯人たちをお見せしようと思いまして……恥ずかしながら、こやつらには朝から手を焼いていたのです」
トライセンの背後から現れたのは、手首を縄で縛られた少年二人だった。少年たちは背中を踏みつけられて俯き、悔しそうにトライセンを睨みつけている。
この二人にはマーガレットも見覚えがあった。
あの時、休憩室で私のフランクフルトとチュロスを盗んだ子たちで間違いない。
確かに人の物を盗んだのは悪いことだけど、トライセンはどうして極悪犯でも捕まえたみたいな酷い対応をしているの?
「確かにその子たちは食べ物を盗んだけれど、なぜそんな凶悪な罪人みたいな扱いをするのかしら。その子たちの背中を踏みつけないで」
「おぉ、流石マーガレット様です。こんな盗人にそのような慈愛あふれる恩赦をお掛けになるとは……残念ながらそれはできません。この者たちが犯したのは盗みだけではないのです。なぜならこの氷の神殿が崩落したのも、すべてこやつらの仕業なのです!」
その場にいた野次馬たちが一斉にざわつき始める。
トライセンの声が大きいせいで、マーガレットを見に来ていた大勢の野次馬にまで会話の内容が聞こえてしまったようだ。
野次馬たちのざわめきがピークに達したところで、ニヤリと笑ったトライセンは大きな声で神殿崩落の顛末を語り始めた。
「そう……すべてはこいつらのせいなのです! 盗みを働いたこの二人は入場料も払わず氷の神殿へと忍び込んだ。発見した私と警備兵たちはすぐに二人を追い詰めました。しかし、こやつらが暴れ出し一本の柱が折れてしまった。そして神殿は崩壊……もうおわかりですね、こんな悲惨な事故が起きてしまったのはすべてこの二人のせいなのですよ!」
トライセンはこめかみを押さえて悲壮感を演出し、野次馬もとい観衆の同情を集めている。
あぁ、そういうこと。
私に注目が集まっているから、それを利用して主催の自分は悪くない。
すべてはそこの少年二人のせいだって、責任を押し付けようとしているってことか。
子供の私を利用した上に、虐げられた子供にすべてを押し付けようとするなんて……トライセン、本当にクズだわ。クズすぎだわ。
ふーん、そういうことなら、私もこの注目度を利用してやろうじゃない。
すくっと立ち上がったマーガレットは大きく息を吸い込むと、トライセンにも負けないような大声で話し出した。
「それは違うわ、トライセンさん。この子たちの家と畑は、もともとこの神殿の場所にあったのでしょ。それをあなたが祭典のためにと奪った。奪ったから畑がなくなって食べる物に困るようになって、仕方なく盗みを働いて――あげく氷の神殿に逃げ込んだのよね? それって……あなたがこの子たちの家を奪わなければ、こんな大惨事は起こらなかったってことではないかしら」
マーガレットが腹から出した声は鈴のように澄んでいて通りがよく、観衆達にまでしっかり届いたようで人々はさらにざわつき始める。
事情を知っている人が「あそこは孤児院だった」と証言までしている。
私の声、大きな声のトライセンにも負けないみたい。
もしかして、私舞台女優とかに向いているかもしれないわ。
自分に不利だと判断したトライセンは警備兵に合図を送ると、背後の警備兵たちが列を作って隙間なく並び、観衆との間に分厚い人の壁を作った。
もう観衆たちにこちらの状況は確認できないし、声も届かない。
どうやら見世物はこれで終わりらしい。
するとトライセンはマーガレットへとさらに近付き、先ほどまでの大きな声とは違い、声を落とした静かな声で話し始める。
「いやはや、マーガレット様はお強いだけでなく弁も立つのですなぁ……お手柔らかに頼みますよ、ははは。できればその弁の才能を生かしてマーガレット様から閣下、お祖父様に『またお祭りに行きたい』とお上手におねだりしてはいただけませんか? マーガレット様にはまだ難しい話ですが、お祖父様からは多大な出資をしていだだきましてね。出資金がなければお祭りはできないのですよ」
こ、この期に及んで出資の話ですって!?
私は真面目に話しているのに、まだ子供だと思って馬鹿にしているのかしら。
そういうつもりなら、私にだって考えがあるんだから!