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第41話 お祭りから騒ぎ

 ドラゴンも生息する雪の動物園や美味しそうな香りを漂わせる出店を存分に楽しんだところで、マーガレットたちは休憩室へと向かうことにした。


 どうにか人混みをかき分け、マーガレットたちは氷の神殿にほど近い、休憩室のテントへとたどり着く。

 貴族専用の休憩室らしく出入り口には警備兵も常駐していて、室内にはテーブルクロスの掛けられたテーブルや座り心地の良い椅子だけでなく、飲み物やフルーツも豊富だ。


 マーガレットとルードヴィヒは椅子に座ると、出店で買った食べ物をテーブルに並べて早速食べ始めた。

 フランクフルトにステーキの串焼き、くるくるポテトにチュロス、りんご飴など、どれから食べようか悩むほどだ。


「クレイグ、クレイグ、このポテトおいしいわよ。あなたも食べて」


 マーガレットは後ろで給仕していたクレイグにポテトを食べさせようと駆け寄った。驚いたクレイグは声を潜ませる。


「お嬢様、お行儀が悪いですよ。僕のことは気にせず、召し上がってください」

「えーっ。せっかく来たのだから一緒に楽しみましょうよ。私とお祖父様だけじゃこんなに食べきれないし」


 マーガレットはリスのようにポリポリとポテトを食べていく。祭りの高揚感なのか、マーガレットのテンションはいつもより高いようだ。

 どうしたものかとクレイグが頭を悩ませていると、二人の様子を見ていた祖父ルードヴィヒは頬杖をつきながら口を開く。


「クレイグ。マーガレットの我が儘を聞いてやってくれ……マーガレットは随分()()()()()()()()()()()()ようだ」


 何だろう。大旦那様の言葉から少しトゲのようなものを感じるような……。


 クレイグは血の気が引く思いだったが、マーガレットのほうは楽しそうにポテトをクレイグへと手ずから食べさせた。


 モグモグモグ――外はカリッと中はホクホクで確かにおいしい。

 スパイスが決め手なのかな。


「ね、おいしいでしょ? 次はこっちのチュロスを……ん、あれ?」


 チュロスに手を伸ばしたマーガレットだったが、視線の先には空になったチュロスの袋が残されていた。


 チュロスはまだ食べていないのに、何でないのだろう?

 お祖父様も不思議そうな顔をしている。

 あれ? よく見ると、チュロスの隣にあったフランクフルトも……ない!!?


「え、何? どういうこと!?」


 動転したマーガレットは思わず椅子をひっくり返し、その椅子がテーブルの下へと倒れた。

 すると、テーブルの下から「いてっ」と子供のような高い声が聞こえた。マーガレットたち三人は顔を見合わせて、恐る恐るテーブルクロスをめくった。

 中にはマーガレットと同い年くらいの少年が二人隠れていて、手には食べかけのチュロスとフランクフルトが握られている。


「あ―――――っ、私のチュロスっっ!」


 マーガレットの叫び声に驚いた少年たちは、全速力で休憩室から逃げ出した。

 気付いた警備兵が追いかけたが、通りにはすでに少年たちの影も形もなかった。



 ★☆★☆★



 マーガレットは新しく買ってもらったフランクフルトを頬張りながら、祖父と警備兵の話に耳を傾けていた。


 警備兵はソレイユタウン出身者で、地元に詳しい人のようだ。

 彼が言うには、祭典の開かれているこの広場は、もともと身寄りのない子供たちの住む小さな孤児院と畑があったそうだ。

 しかし、この場所が『雪と氷の祭典』の開催場所に突然決定し、孤児たちの抵抗むなしく孤児院は取り壊され広場が造られた。


 孤児院の子供たちは街外れの陽当たりの悪い小屋へと追いやられ、そこには畑もなく、食べ物も確保できずに最近は市場で盗みを働くようになったということだ。

 今日もすでに子供たちの盗みの報告が数件上がっていて捕獲命令が出ていると、警備兵もてんやわんやらしい。


 たった三日間の祭典のために子供たちの居場所を奪ったなんて……あんまりだわ。

 アリスの近所の孤児院も大変そうだったけど、ソレイユタウンの孤児院は比にならないほどひどい。どうして弱者が苦しめられることになるのだろう。


 いつの間にかマーガレットの祭りへの高揚感はどこかへと消え去り、虚無感だけが残っていた。

 警備兵と話し終えたルードヴィヒはマーガレットに駆け寄ると、マーガレットの頭を優しく撫でた。


「マーガレット、元気がないみたいだが大丈夫か?」

「平気よ。でもちょっと疲れちゃったみたい」

「人混みにやられてしまったのかもしれないな……すまない、マーガレット。楽しい祭りだと思って連れてきたが、そうでもないようだ…………もう帰るとするか、馬車でゆっくりお休み」

「ええ、そうす」


「お待ちください、フランツィスカ公爵閣下‼」


 マーガレットの返事を遮るように、大きな大きな声が聞こえた。


 この大きな声は聞き覚えがある。

 お祖父様におべっかを使っていた祭典の主催者トライセンの声だ。


 騒ぎを聞きつけて大急ぎで駆けつけたらしく、トライセンは真冬なのに汗だくだ。


「閣下、祭典は始まったばかりです。氷像コンテストもあと五分ほどで始まります」

「トライセン。すまないが、私たちはもう帰ることにするよ。ここはあまり治安が良くないらしい……大事な孫娘に何かあったら大変なのでね」

「そんなこと仰らず、もう少し楽しんでいかれてください。そして来年も、是非とも出資していただきたく」

「トライセン、すまないが」

「あぁっ! 帰られる前に『氷の神殿』だけでも観て行かれてください。あそこは誰もが絶賛する素晴らしい建物です‼ 絶対に後悔させませんから」


 涙目になって(すが)ってくるトライセンの大きな声をこれ以上聞きたくないと思ったルードヴィヒはため息を吐き、そして折れた。


「……はぁ、わかった。氷の神殿を見たら帰るからな」

「はい。その後改めて来年の出資のご判断を」

「マーガレット。すまないが先に馬車に戻っていてくれ。神殿を見たらすぐに帰るからね。クレイグ、マーガレットを頼む」

「かしこまりました、大旦那様」


 こうしてマーガレットとクレイグと護衛、ルードヴィヒとルードヴィヒの従者の二手に分かれ、マーガレットたちは馬車へ、ルードヴィヒたちは氷の神殿へと向かった。


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