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第38話 従者の願い

 長い馬車の移動で疲れたお祖父様が数時間休憩した後、お祖父様とサイラスの家族の歓迎会が改めて開かれた。

 サイラスの両親のフロート夫妻はサイラスに似てとても気立てが良く、一歳になった妹のナタリーもとても可愛い。


 今は団欒室(だんらんしつ)に集まって、お祖父様がコーヨウ国から買ってきてくれたお土産を開け合いっこしている。

 


「お祖父様。この重い木の箱には何が入っているのでしょう?」


 綺麗に加工された大きな桐箱を大事そうに抱えたイグナシオは、祖父ルードヴィヒのもとまで箱をせっせと運んで尋ねた。


「その箱にはコーヨウに伝わる学業の神と呼ばれる龍の錫細工(すずざいく)が入っている。イグナシオオラシオへのお土産だよ」

「え! 開けてもいいですか?」

「あぁ、もちろん」


 固く締まった桐箱を慎重に開けると、中には細かな細工の施された銀色に輝く龍の錫像が入っていた。

 龍の(ひげ)や鱗の繊細な作りは息を飲むほどで、瞳は瑪瑙(めのう)という赤い石がはめ込まれ、赤く光ってこちらを睨みつけている。


「おおぉ――っ、カッコイイです!」


 イグナシオは、水墨画から飛び出してきたような(いか)めしい姿の龍をすっかり気に入ってしまったらしい。


 ルードヴィヒはその他にも、小さなお守りサイズの龍や刀の錫細工のお土産をイグナシオへと渡す。サイラスもひとつもらって嬉しそうにしている。

 男子って、ああいうドラゴンとか剣を(かたど)った金属のキーホルダーとか、なぜか持ってたわよね。やっぱりどこの世界でも好きなものは一緒みたい。


 と、微笑ましく見守っていたら「マーガレットには、やらんぞ!」とイグナシオに隠されてしまった。


 むぅ……別に取ったりしないのに。お兄様って私にはアタリが強くないかしら。




「おいでマーガレット。マーガレットにはこれを――」


 ルードヴィヒに呼ばれたマーガレットは、けろりとしてルードヴィヒのもとへと向かった。

 ルードヴィヒはイグナシオに渡した桐箱よりも、だいぶ小ぶりの長方形の桐箱をマーガレットに手渡した。


「さあ、開けてごらん」


 祖父に促されて桐箱を開けると、中には黒い(うるし)が艶やかに輝く割りばしくらいのサイズの棒が大事そうに入っていた。


 これって……扇子(せんす)

 確かに、悪役令嬢にとって扇子は必須アイテムよね。


 マーガレットは扇子を手に取ってゆっくりと広げてみる。


 広げられた扇子には美しい細工が施されていた。

 扇子の扇面(せんめん)部分に施されているのは、美しい椿の花のモチーフ。

 (ふち)のところどころには緑色の翡翠や、赤色と紫色の瑪瑙の宝石が淡く輝いている。


 とってもきれい……何て幻想的なのだろう。


 マーガレットがうっとりと扇子を見つめていると、その様子を満足そうに眺めていた祖父ルードヴィヒが嬉しそうに口を開く。


「とてもきれいだろう。気に入ったようでよかった。でも、その扇子はただ美しいだけじゃない」

「え?」

「その扇子に使われている素材は軽いがとても固い金属でね。コーヨウにしかない技術で加工されている。一見ただの美しい扇子だが、それで殴ると鉄の棒で殴られたよりも痛いんだ。あらゆる場所で女性は武器を持っていられないからね。もしもの時のための護衛の武器として忍ばせておきなさい」


 そっか……お祖父様はこの前の誘拐事件のことを聞いて、この扇子を選んでくれたのね。


 マーガレットはルードヴィヒに抱きついてお礼を言った。


「ありがとうお祖父様。とても大切にするわ」

「あぁ、そうしておくれ。皆には秘密だが、コーヨウに旅行に行ったのはこの扇子を特注するためでね。マーガレットが賜物(カリスマ)を使えるようになった祝いも込めてのプレゼントだよ」

「そうだったのね」


 マーガレットは抱きついたまま、ルードヴィヒの耳元で囁いた。


「あとでこっそり賜物(カリスマ)をお見せするわ。まだ制御が難しくて……練習していたらレンガの壁を壊しちゃって、お母様から賜物(カリスマ)禁止にされちゃったの」

「ははは、だったら別の場所で披露してもらおうかな。実は北にあるソレイユタウンの『雪と氷の祭典』に招待されていてね。マーガレットも一緒に行こうか。その途中で見せておくれ」

「もちろん行くわ! とっても楽しそう」


 マーガレットは細い首をコクコクと動かして、首が痛くなるのではと心配になるほど何度も頷いている。




 可愛らしい動きをしている孫娘の後ろで、空気になろうと努力している従者の少年がルードヴィヒの目にとまった。


 空気になるには(いささ)か見目が整いすぎているな。

 先ほどから私と目を合わせないようにしているし、少々警戒されているようだ。


 ルードヴィヒは目を細めて、警戒を解かない従者の少年に優しい声色で話しかけた。


「君がマーガレットの従者になった子だね」

「はい、大旦那様」

「名は何というのだ?」

「クレイグと申します」


 何とも言えない淡白な会話が続いた。

 会話している本人たちは緊張感を感じていたが、そんなことには気付かないマーガレットは楽しそうに祖父に話しかける。


「お祖父様、クレイグは怖い人たちと戦って私を守ってくれたのよ」

「あぁ、レイティスから手紙で聞いたよ。クレイグ、マーガレットを助けてくれてありがとう。何か君にも褒美を与えたいところだ……欲しいものはあるか?」


 クレイグは悩んだ。

 悩んだのは欲しいものがありすぎたからではなく、何も思い浮かばなかったから逆に悩んでしまった。

 だからといって、大旦那様のご好意を「何も欲しくないからいらない」と一蹴してしまっていいものか。

 結局、クレイグは何も思い浮かばず……。


「いえ、特に何も……」

「子供が遠慮などするものではない」


 遠慮しているつもりはないのだが、やっぱり何かしら望みを言わないとよろしくなさそうだ。


 ルードヴィヒとマーガレットは、クレイグをじっと見つめて望みを待っている。


 プレッシャーがすごいな。

 お願いだから、お嬢様も一緒になって圧をかけないでほしい……あ、そうだ。


「では……お嬢様の従者として、これまで通りいさせていただければ」

「ははっ、なるほど。それを望むか…………ふむ」


 ルードヴィヒは了承の返事をすることなくそのまま黙り込み、この話はお開きとなった。


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