第35話 誰がために従者は愛を囁く
「それならば『相手をときめかせたら勝ち!ゲーム』をいたしましょう‼」
「え、何ですかそれは?」
「相手をときめかせたら勝ちゲーム――言葉通りの意味です。
相手がときめくようなセリフをお互いに言い合って、相手をキュン♡とときめかせたら勝ちというルールです。例として私がやって見せますね」
「えぇ、お願いします」
マーガレットは目を閉じて役に入り込むと、スッと不敵な笑みを浮かべてシャルロッテの両手をギュッと握りしめた。
そして先ほどまでの小鳥のさえずりのような可愛らしい声よりも一オクターブ下げた少年のような声で、シャルロッテの耳元で囁く。
「美しい春風のようなときめく桜色の髪も、どんな宝石よりも価値のある煌めくそのアメジストの瞳も、君のすべてが、僕の心をざわつかせるんだ。あぁっ、僕の美しい女神シャルロッテ……大好きだよ」
「ふぁっ!?」
突然の甘々なセリフを心地よいシャワーのように浴びせられ、シャルロッテは不覚にもときめきよろめいた。
何、この胸の高鳴りは!?
宿敵のこの子にドキドキしてしまうなんて……あんな情熱的なセリフ、まるでお伽話の一ページのようでとっても素敵です。王子様とはこんな感じなのかしら。
シャルロッテのときめきは最高潮だったが、マーガレットは不服のようで唸っている。
「うーん、どうでしたか。ときめいていただけましたか?」
「え、ええ……まあまあでしたわ」
「うーん。まだまだ、ときめき度四十パーセントといったところでしょうか。今のは練習でしたが、ここからは本番です。シャルロッテ殿下、いざ勝負です!」
「の、望むところです。負けませんよマーガレットさん!」
シャルロッテは両こぶしをグッと力強く握りしめた。
そう、これはアヴィとルナを取り戻すための真剣勝負。
ただ勝負の内容は決めていいと言ったけれど、セリフづくりとか演技力とか慣れていないワタクシが明らかに不利だわ。
どうしましょう。今さら取り消してほしいなんて言えないですし、何か……。
シャルロッテの視界にマーガレットの従者が目に入る。
「あの、もうひとついいかしら。マーガレットさんは演じることに慣れていらっしゃるようですし、ここは勝負を公平にするために、セリフはワタクシ達たちの従者に言ってもらうのはいかがでしょう?」
「なるほど、とっても面白そうですね。二人ともいいかしら?」
クレイグも、シャルロッテの従者のミゲルもこくりと頷いた。
確認がとれたシャルロッテは安堵とともに手を合わせて喜んでいる。
「では考えたセリフは一回目は自分の従者に、二回目は相手の従者にと交互に言ってもらいましょう……ワタクシから始めてもよろしいですかマーガレットさん」
「はい、いつでもどうぞ」
シャルロッテは、考えたセリフを従者のミゲルにこそこそと耳打ちしている。耳がこそばゆいのか、ミゲルは耐えるのに必死だ。
覚え終わったらしいミゲルはマーガレットのもとへと歩いてきて立ち止まり、右腕を勢いよく振り上げたかと思うと、ビシリとマーガレットを指差した。
「燃えるような赤毛、その草のような瞳。君は悪女か……いや、この魔女め! この騎士が倒してくれ、る!?」
セリフを言っているミゲルも、これでいいのかと最後が疑問になってしまっている。
確かに私は悪役令嬢だけど、魔女になって討伐されるルートはなかったはず。
それにしても『騎士』のワードを入れてくるとは、騎士のマティアスを好きになるのだし、子供の頃からやっぱり騎士が好きなのかしら?
ときめき度はないけど、シャルロッテからのマーガレットへの敵意が伝わってくる素晴らしいセリフだわ。
このセリフを考えたシャルロッテ本人は「どうしてこうなった?」って顔をしている。うーん、七歳にはまだ早かったかなぁ。
次はマーガレットの番、演技はクレイグだ。
クレイグに温めたセリフを伝えると「それが何?」と理解できないという顔をしたが、「いいから言って」とマーガレットは物理的に背中を押した。
クレイグは渋々シャルロッテのもとへと向かった。
「ああ、シャルロッテ姫。僕は騎士であるにもかかわらず、あなたに恋してしまった。このままではあなたは隣国の王子のもとに行ってしまう。もしあなたに僕への気持ちがあるのなら、どうか僕の手を取って一緒に逃げてくれませんか?」
シャルロッテが好きそうな『王女と騎士の禁断の駆け落ちシーン』にしてみたのだけど、クレイグが棒読み過ぎたのか、シャルロッテは今ひとつときめかず。
これは意外と難しい。
セリフを言う演者を考慮しなきゃいけないわね。
次の私のセリフはシャルロッテの従者のミゲルに言ってもらうから、えーっと……。
マーガレットが次のセリフを思い付いても、シャルロッテはまだセリフが思い浮かばないようで、脳を絞り出すように苦い表情を浮かべている。
これはシャルロッテに考える時間をあげたほうがいいわよね。
「シャルロッテ殿下、セリフを思い付きましたので私が先に言ってもかまいませんか?」
「え!? はい、そうしてください」
「はい、ではミゲルさんこちらに」
セリフを伝えると、ミゲルは驚いて顔を赤くした。
可愛いなミゲル。
意を決したミゲルはバクバクの心臓を落ち着かせるように、胸の辺りを手で抑えながらシャルロッテのもとへと歩みを進めた。
そして震えを隠すように大きな声で言い放つ。
「シャルロッテ様は、アヴェル殿下とルナリア殿下のことばかり気にしていらっしゃいますが、もっと僕のことも気にしてほしいです! 僕が一番、そ、その……あ、あなたのことを想っているのですからっ‼」
「……もちろん知っているわ。だってミゲルはワタクシの大切な従者ですもの」
「へっ!?」
シャルロッテは勝負のセリフに満面の笑みで返事をした。
シャルロッテの愛らしい笑顔を正面からまともに受けたミゲルの方がときめいてしまい、赤かった顔がさらに真っ赤に染まっていく。
ミゲルがこんなにもときめいてくれたのだし、これで終わってもいいんじゃないかしら。
マーガレットの番が終わっても、シャルロッテはセリフが思い浮かばない様子だ。
うーん……これは勝負内容を変更するように言いましょう。
「シャルロッテ殿下、今度は違う勝負に」
「待って! マーガレットさん、思い付きましたから」
そう言うと、シャルロッテは速足でクレイグに近付いて小声で話しかけた。
「あなた、あの子の従者なのですから何か良いセリフを思い付かないですか?」
「え、殿下が思い付いたのではないのですか?」
「いえ、残念ながら思い付きません。でもここでせっかくの勝負を終わらせたら、負けたも同然です。だからあなたの思うままの言葉を言ってごらんなさい!」
「…………はい」
二人の会話は、不本意そうなクレイグの返事までマーガレットに筒抜けだった。
なるほど、つまりクレイグが考えたセリフというわけね。
さっきの棒読み具合から考えて一体どんなセリフを言ってくれるのかしら。
少しはキュンとさせてく――――
気付くと、クレイグはもうマーガレットの目と鼻の先までやって来ていた――マーガレットとクレイグの視線が交錯する。
「マーガレットお嬢様が何を恐れているのか分かりませんが、どうかひとりで考え込まないでください…………あなたのことは、僕が絶対に守りますから」
「っ!?」