第34話 親友(予定)からの招待状
ローゼンブルク城、翡翠宮の応接室にて。
お行儀よくソファーに腰かけているのは、赤毛をツーサイドアップにまとめ、程よいフリルのドレスに身を包んだマーガレットだ。
可愛らしい格好とは裏腹に、マーガレットは理解しがたい今の状況に困惑していた。
そもそもマーガレットがなぜ王城の一室にいるのかというと、マーガレットのもとに一通の手紙が届いたことに始まる。
差出人の名は、シャルロッテ・ローゼンブルク。
ローゼンブルクの名が名乗れるのは、このローゼンブルク王国でただひとつの一族だけ……そう、つまり王族だけだ。そのシャルロッテ王女様から直々にお茶会の招待状が届いたのである。
シャルロッテはこの国の第三王女で、アヴェルとルナリアにとっては母の違う姉にあたり、マーガレットとアヴェルのひとつ上の七歳。
またシャルロッテは『恋ラバ』の攻略対象者の、騎士マティアスのルート時に登場する恋敵キャラだ。
珍しい淡い桃色の髪に王家特有の紫色の瞳は、国の伝承として伝わる女神ファビオラーデ様の姿に一番近いと言われ、皆の憧れの的となっている。
マティアスルートのトゥルーエンドが好きで何度も見ていたからよく覚えている。
マティアスとヒロイン・アリスがくっつくと、当て馬シャルロッテは「男なんて」と激怒し、やっぱりアヴェルに婚約破棄されてしまったマーガレットと二人で外国に傷心旅行に行く。
実はシャルロッテはマーガレットの親友という設定。
この二人の気の置けないやり取りが阿吽の呼吸のようで大好きだった私は、何度もマティアスルートをクリアした。
………と、いうことは、私はこれから親友になるシャルロッテと『初顔合わせイベント』ということよね?
どうしましょう。これから親友になる人と会うだなんて、親友になるって知っていたら知っていたで緊張しちゃう!
と数秒前の私は思っていたのだけど……なぜか私は今、応接室で鬼の形相のシャルロッテと対峙しているのだった。
大人のシャルロッテは髪を垂らしたおっとり美人だけど、七歳のシャルロッテはツインテールにしていてちょっと気が強そうで何とも可愛らしい。こわーい顔してなかったら最高なんだけどな。
怒ってらっしゃる、怒りまくっていらっしゃる。
まだ挨拶も済ませていないのにどういうこと?
知らない間に何か粗相をしたかしら…………本当に、親友になるのよね?
とりあえず、気を取り直して最上級の挨拶を――。
気を持ち直したマーガレットは立ち上がると、右足を斜め後ろに引き、左足を軽く曲げて儀礼をした。
「初めまして、シャルロッテ第三王女殿下。私、マーガレット・フランツィスカと申します。シャルロッテ殿下のお話はいつもアヴェル殿下とルナリア殿下から」
「……はんっ」
マーガレットの言葉を遮るように、シャルロッテは鼻で笑った。
今の、シャルロッテよね。どういうことなの?
親友となるはずの人から酷い塩対応を受けているのだけど、私やっぱり何かしたかしら?
シャルロッテの隣にいる従者の少年はただただオロオロしているし、クレイグは状況が掴めない以上黙って静観している。
とりあえずここは私の悪魔、じゃなかった天使の微笑みで乗り切りましょう。
「……シャルロッテ殿下から招待状を頂いて、私とても嬉しかったのです。仲の良いお友達になれるかもと」
「あら……招待状なんて出したつもりはありませんけど」
「え!? それではあの手紙は?」
「あれは『果たし状』です!」
「は、果たし状!?」
「そうです! 最近、アヴィとルナはお話するとあなたのことばっかり。きっとあなたのその可愛らしい笑顔に騙されているのですわ。だから、ワタクシがあなたの化けの皮を剥いで見せます! さあ、ワタクシと勝負です‼」
えぇっと……それはつまり、アヴェルとルナリアがかまってくれなくて淋しいから、その元凶である私、マーガレットに嫉妬しちゃったってことかしら?
なるほど。
まぁ……昨日の敵は今日の友っていうし、親友になるためには紆余曲折あるものよね。
よし、ここはシャルロッテの提案に乗ってみましょう。
「分かりました。シャルロッテ殿下からの申し出お受けいたします! では、何で勝負なさいますか?」
「え!? あ、えっーと…………何で勝負するのかはあなたに決めていただきたいです。その方が公平ですもの」
長い間からして勝負についてはノープランだったのかしら。まさか私が勝負を受けるとは思ってなかったのかもしれない。
それにしても『勝負』か。何か即席でできて、このくらいの年頃の女の子が楽しく勝負できそうなもの……あ!
「それならば『相手をときめかせたら勝ち!ゲーム』をいたしましょう‼」