第32話 カリスマ講座
「ふむ、簡単にですが賜物について講義をしましょう。知識として持っていて損はないと思います。
まず賜物は大きく分けて、三つに分類されます。
①賜物を授かった時から、一生途切れることなく発動する『常時発動型』。
②外部から干渉を受けずに本人の意思で発動する『自立発動型』。
マーガレット様の賜物もこちらに分類されます。
③そして、本人の意思とは関係なく、感情や何かの条件を満たすことで勝手に発動する『自動発動型』。
この中で一番珍しいのは『自動発動型』です。
では、なぜマーガレット様の賜物が稀少かですが……そうですね、実は私もマーガレット様と同じ『自立発動型』の賜物が使えるのです。ちょっと発動してみますね」
グリンフィルドが集中すると、グリンフィルドの身体は眩しいほどの閃光に包まれた。かと思ったら閃光はグリンフィルドの身体に吸収され、すぐに光は消えてしまった。
身体が光り輝いたことを除けば、グリンフィルドにはこれといって何も変化はない。
どういうこと? 賜物が発動したのよね。
マーガレットとクレイグは、ほぼ同時に首を傾げる。
その二人の様子を見ていたグリンフィルドは爽やかな笑みを浮かべたまま、
「それではそれぞれの武器で思い切り私を攻撃してください。遠慮はいりませんよ」
と、手を広げて二人に告げた。
「無抵抗な人を攻撃するなんて」とマーガレットは戸惑いを見せたが、クレイグのほうは躊躇うことなく問答無用な木剣の一撃を叩きつける。
しかしクレイグの持っていた木剣は、グリンフィルドの太腿に当たるとバキッと乾いた音を立てて跳ね返った。
グリンフィルドにダメージはないようで平然としている。
それを確認したマーガレットもお気に入りのトンファーをグリンフィルドに叩きこむ。
―――カンカンっ。
かったぁーい。
グリンフィルドは何事もなかったかのようにニコニコと笑っているが、マーガレットの腕は固い岩にでも当たったようにビリビリと痺れている。
「二人とも、思い切り向かってきてくれて嬉しいです。私の賜物は防御を上げる身体強化の賜物なのですよ。マーガレット様と同じ『自立発動型』の強化に分類されます」
「まあ、それなら賜物の使い方も先生にご教授いただきたいです」
「ははは。マーガレット様と私の賜物は身体強化の『自立発動型』で似てはいますが、稀少価値という点では天と地ほどの差があります」
「え、一緒ではないのですか?」
私の賜物も攻撃力や防御力を強化するのだし、先生の防御強化の賜物と近いと思うのだけど。
「私の賜物は、攻撃と防御のふたつを強化できるから稀少なのでしょうか?」
「いいえ、違います」
違うの? じゃあ、一体……。
隣で聞いていたクレイグがボソリと呟く。
「もしかして……僕を強化したこと?」
「そう! クレイグの言う通り。マーガレット様はクレイグの身体を強化されました。ほとんどの賜物に共通していることとして、血筋に伝わる賜物も神や精霊から授かった賜物も、自分に対して発動することが多いです。
自分に対して発動することで他人に影響が出るということはありますが、自らの力を分け与えるのは中々稀有な賜物に分類されます」
私の賜物がそんなレアな能力だなんて驚いちゃった。これはトンファーの戦い方だけでなく、賜物もしっかりと鍛えなくっちゃ!
「よーし。そうと決まれば、今度はクレイグに賜物をかける練習しようかしら」
「え、急に何を言い出すんですか! ……それをされると力が抜けるまで僕がしばらく稽古できなくなるのですが」
余程嫌なのだろう。
顔を歪ませたクレイグは、隠すこともなく主人の発言に嫌悪を示している。
しかし、この従者にこの主人あり。
マーガレットは従者の文句を気にすることもなく、少しかがんで両手を重ね可愛らしいお願いのポーズで食い下がった。
「でも練習したいのよ。お願い、ね?」
「…………はぁ。加減はしてくださいよ。この前は身体強化の力が強すぎて抜け切らなくて、木剣が当たったそこの塀に穴があいたんですから」
クレイグは隣接する中庭との境界の大きな穴のあいた塀を指差した。こじ開けられた穴からは美しい庭園が覗いている。
賜物をかけたのはマーガレットだとしても、実際に破壊するのはクレイグの馬鹿力ということになるので、クレイグにとっては損しかないのだ。
新米従者の身で屋敷を破壊するとか、非常に肩身が狭くなるじゃないか。
壁破壊の真の黒幕・マーガレットの翡翠の瞳は泳いでいる。
「はい、はぁーい。ちゃんと加減するからそんなに怒らないで」
「『はい』は一回です」
「はーい!」
「返事は短く」
「はいっ‼」
二人のテンポの良い言い合いを聞いていたグリンフィルドは、たまらず口を大きく開けて大声で笑いだした。真面目な先生の豪快な姿に二人は目を丸くする。
「ハハハハハッ! ……あなたたちを見ていると、つい息子を思い浮かべてしまって……実は私にも二人と同じ歳の息子がいるのです。事情があって会うことは叶わないのですが」
グリンフィルド先生の息子なる人物には、マーガレットも心当たりがあった。
『恋ラバ』の攻略対象者のひとりである、騎士マティアス・グリンフィルド。
グリンフィルド伯爵家の跡継ぎであるマティアスだが、マティアスは正妻との実子ではなく、グリンフィルド先生が正妻との婚約前に交際していた平民の恋人との子供だった。
先生は子供の存在を知っていたが、グリンフィルド家の世継ぎ争いに巻き込まないようにと一度も会いに行くことはなく、いつも遠くから見守っているのだ。
結局、正妻との間に子が生まれなかったことと、不治の病にかかったマティアスの母の死をきっかけに、先生はマティアスを跡継ぎにする決意をし、グリンフィルド家に迎え入れる。
しかし、親子としての時間を過ごしてこなかったマティアスと先生のわだかまりは解けず。さらに婚外子であるマティアスは、グリンフィルド家で祖母や義母からひどい扱いを受けて心が荒んでしまい、父である先生にも反抗するようになる。
そんな問題児マティアスが、ゲームの舞台である学園でヒロイン・アリスに出会って、良い方向へと変化していくというのがマティアスルートの流れだ。
そういえばマティアスルートのトゥルーエンドなら、マーガレットは不幸な目に合うこともなく、友人と一緒に旅行に行くのよね。
このエンドに進んでくれたら私は幸せだし、先生とマティアスのわだかまりも解けて先生も幸せなんだけどなぁ。
押しかけのような形で稽古を申し入れた私たちを受け入れてくれたグリンフィルド先生には、とても感謝している。それに、先生のおかげでお兄様への接し方もわかった気がするのだ。
その時、中庭の方向からふたつの軽快な足音が聞こえてきた。
やって来たのはもちろん……。
「そろそろ兄弟子の稽古の時間だ。お前らは素振りでもしておけ。先生、ちょうど僕の稽古の時間になりました。さあ、始めましょう!」
定刻通りやって来たイグナシオは、勝手に上がっていく口角に抵抗しながら『兄弟子』というちょっぴり大人な響きを堪能していた。