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第29話 騎士団長、待ちぼうけを食らう

 ある晴れた午後の日、フランツィスカの屋敷にて。


 ローゼンブルクの貴族特区の中でも、フランツィスカの屋敷は庭があるほどの規模の土地を所有している。

 そしてその美しく整えられた庭園に隣接するのは、セルゲイ・フランツィスカ侯爵が息子イグナシオのためにと造らせた稽古場だ。

 稽古場といっても立派なものではなく、一組ほどが余裕を持って戦えるほどの大きさである。


 セルゲイは稽古場のほかにも、イグナシオのために信頼できる剣術の師を用意した。

 その師の名は、ジャン・グリンフィルド伯爵。

 グリンフィルド伯爵は騎士団の騎士団長を務めるほどの実力者だ。


 王に忠誠を誓った『騎士団』と、国を守るために戦う『軍事貴族』。

 この二つの機関は対立することが多く、あまり仲がよろしくない。

 いいや、正確にはよくなかった。

 現在の機関をまとめる当主たちが三十代と年齢的に近いことと、人当たりの良さが(さいわ)いし、上手くまとまるようになったらしい。

 

 その当主たちというのが、セルゲイ・フランツィスカ侯爵とジャン・グリンフィルド伯爵である。




 フランツィスカ邸の稽古場で()()()()()を食らっていたジャン・グリンフィルドは、ひとり剣を振りかざして剣筋を確かめていた。


 なぜ待ちぼうけているかというと、教え子のイグナシオがローゼンブルク史で赤点を採ってしまったらしく、補習のため少々遅れると家宰のジョージから連絡があった。

 週二回の稽古だが、これで先月から続いて五度目の補習だ。イグナシオは歴史はあまり得意ではないらしい。


 そうしてグリンフィルドがひとり剣を振るっていると、トコトコとふたつの足音が背後から近付いて来る。

 足音の軽やかさからまだ体重の軽い二人組の子供。

 ということは、時々稽古を羨ましそうに眺めている幼いあの二人だろう。


 グリンフィルドが足音の方を振り向くと、そこには予想通りマーガレットとその従者のクレイグが何か言いたげにこちらを見ていた。

 気付いたマーガレットはすぐに「ごきげんよう」と挨拶し、(なら)ってクレイグも一礼した。


 マーガレット様が人が変わったように穏やかになられたというのは本当のようだ。二人の礼にグリンフィルドも気持ちを込めて一礼する。


「ご機嫌いかがですかマーガレット様。イグナシオ様でしたら、まだいらっしゃっては」


 グリンフィルドがそこまで言ったところで、マーガレットは慌てて口を開く。


「あぁ、いえ……私が用があるのはお兄様ではなく、あなたなのです。グリンフィルド騎士団長」

「ほう、私ですか?」

「はい」

「それは光栄なことです。私に用とは一体何でしょうか?」

「実は……その、私とクレイグに稽古を付けてほしいのです‼」


 そう言うと、マーガレットとクレイグはもげるのではという勢いで頭を下げる。

 二人の鬼気迫る様子から真剣さは見て取れる。そして、どうして二人がここまで真剣なのかもグリンフィルドにはすぐに察することができた。


 マーガレット・フランツィスカ侯爵令嬢が賊に誘拐された事件は、(おおやけ)にはされていないが一部の人間は知っていたし、そもそも二人が発見された市民街区の逆方面を捜索していたのは、友人としてセルゲイに頼まれたグリンフィルドだったからだ。

 二人は助かったとはいえ、賊に捕まった時の自分の無力さを思い知ってしまったのだろう。

 実際、貴族の子供というのは狙われやすく人質にされやすい。

 グリンフィルドとしても、狙われる対象が反撃できるほど強ければ救われる確率も格段に上がるだろうと考えていた。


 ふむ、イグナシオ様もまだ見えないし、簡単な護身の術から教えて差し上げようか。


「分かりました。それではまず護身の仕方から」




 その時、ふたつの影が稽古場に現れた。

 イグナシオと従者のサイラスだ。


「グリンフィルド先生、それは困ります。先生には()の稽古を付けていただかないと!」

「イグナシオ様。補習は終わりましたか」

「ぅ……補習ではありません。ローゼンブルク史が楽しくて少々(きょう)が乗ってしまっただけです」


 その場にいた全員がイグナシオの嘘を見抜いた。おそらく補習の件を妹・マーガレットに知られたくなかったのだろう。咳払いをしたイグナシオは、マーガレットとクレイグを睨みつけながら話を続けた。


「しかし、グリンフィルド先生を待たせるわけにはいかず、急いで授業を切り上げてきたのです。さあ、愚妹(ぐまい)のことなど気にせず、僕に稽古を付けてください。父に頼まれているのは()()()()でしょう?」

「うーん、それはそうなのですが……マーガレット様にもゆくゆくは稽古をと、お父上が言っていたのは事実なのです。フランツィスカ家は男女ともども何かしらの戦闘術を極める家系ですし……お二人のお母上のレイティス様も、十代の頃からそれはそれは武闘に長けていらっしゃいました」


 それを聞いたマーガレットの表情はみるみる明るくなる。

 しかし、イグナシオは納得いかない様子で今度はグリンフィルドではなく、にっくき妹のマーガレットに詰め寄った。


「おい、マーガレット。先生は()の稽古で来ているんだ。お前らがいると稽古に集中できないだろ。早くどっか行け!」


 先生の前だからか「僕」なんて言って猫を被ってはいるが、イグナシオはマーガレットを見下して虫でも払うようにシッシと手で払って見せる。


 払われたマーガレットはイグナシオがこういう対応をすることは予想していた。

 だからなるべく時間が稼げそうでイグナシオが遅れがちな、国の歴史であるローゼンブルク史の授業の日を選んだのに、今日に限って早く来るとは……。

 それでも諦めきれないマーガレットは、しおらしい声色で健気(けなげ)に食い下がる。


「お兄様の邪魔にならないように(すみ)でいいので、稽古に参加させてくださいませ」

「……フンッ、猫撫で声を出して惑わせようとしても無駄だ。さっさとどっかへ行け。貴族に二言はない」


 しまった。

 イグナシオお兄様は私が「貴族に向いてない」って言ったことをまだ根に持っているみたい。もしかして、私が一番最初に好感度を上げなきゃいけないのは、イグナシオお兄様なのかもしれない。



 マーガレットはもう一度食い下がった。


「お願いですお兄様っ。ここで稽古を付けてもらえなければ、私が戦う手段は賜物(カリスマ)しかないのです。その賜物(カリスマ)だって、まだ上手く扱うことができません。ですのでどうかっ」

「どいつもこいつもカリスマ、カリスマって……賜物(カリスマ)が何だというんだ」

「お兄様?」

「よし、だったらこうしよう。お前が俺と一対一の剣の勝負で勝ったのなら、稽古に参加することを許可してやろう。ただし、条件として賜物(カリスマ)を使ったら勝敗関係なくお前の負けとする。どうだ、これでも受けるか?」

「はい! お願いします‼」

「よし、なら木剣(ぼっけん)を持て! 言っておくが俺は強いぞ。先生も剣技を褒めてくれるほどの実力だ」


 その師であるグリンフィルドは腕を組んでにこやかに笑いながら、うんうんと頷いている。イグナシオの言っていることは事実なのだろう。


 それでもお兄様に勝たなければ、私とクレイグは先に進めない。


「クレイグ、何があっても手を貸さないで」とクレイグに小さな声で耳打ちした後、地面に置かれた練習用の木剣を拾い上げ、マーガレットは深々と礼をして構えた。


「よろしくお願いします‼」


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