第28話 予定外の力
仔猫はレイティスの足元で嬉しそうにゴロゴロと鳴くと、慣れた身のこなしで重力などないかのごとく軽やかにジャンプし、マーガレットの懐へと着地した。
「にゃんコフ! どこに行ってたの」
「あら、その猫はどうしたの?」
「この子もここに捕まっていたの。仲良くなってにゃんコフって名前を付けたのだけど、お母様、その……」
マーガレットの様子から察したらしいレイティスは、にゃんコフをじっと見つめた。
「とっても可愛い子ね、飼っていいわよ。ただし、約束してちょうだい。今日みたいに無断で屋敷を飛び出して街には行きませんって」
「っ!? 約束します。もう勝手に街に出かけたりしません!」
「あなたがちゃんと世話するのよ」
「お母様ありがとうっ、やったー」
「その猫がいれば、街に出ようなんて気も少しは起きなくなるでしょう。マーガレット、あなたはもう少し自分が貴族であることを自覚なさい。だいたいあなたは……くどくどくど」
結局マーガレットは屋敷に着くまでの馬車の中、レイティスから耳が痛くなるほどこっぴどく叱られ、猛省することとなった。
―後日。
お父様から聞いた話によると、誘拐犯たちは貴族の子供を誘拐しては身代金を要求する懸賞金付きのお尋ね者だったそうだ。
それだけの罪状では飽き足らず、珍しい動物を輸入しては売りさばく密輸業者でもあり、貴族相手に人身売買までしていて、私とクレイグはお手柄だったと褒められ、軍から感謝状までもらってしまった。
もうひとつ驚いたことといえば、誘拐犯たちのリーダー格だったダレンは庶民でありながら剣技の才能を認められ、騎士へと推薦された元騎士見習いだったらしい。
しかし、貴族の騎士たちと対立して問題を起こし、騎士団から追放され騎士の夢を絶たれてしまった。そのせいで、ダレンは貴族を目の敵にするようになったのかもしれない。
五人の誘拐犯たちはお父様のごうも……いえ尋問を受けて洗いざらい罪を吐き、無期懲役で未開の地への流刑罪となった。要するに、ダレンたちが生きてローゼンブルクの地を踏むことはないということだ。
話は変わって、にゃんコフを獣医さんに診てもらったところ、生後五か月ほどの至って普通の仔猫だということが分かった。
どうしてあんな頑丈な檻に入れられていたかは、運搬を頼まれただけの誘拐犯たちも知らなかったらしい。にゃんコフが入っていた檻は、魔力を感知し呪文を唱えることで開く仕組みだったらしく、賜物持ちの私が触れたことで偶然開いてしまった可能性があるということだ。
さらにもうひとつ、私が賜物を持っていたことがフランツィスカ家ではちょっとした騒ぎになったのである。
元気になった私が身体強化の賜物を披露すると、お父様とお母様は驚きつつも褒めてくれた。逆にお兄様は苦虫を嚙み潰したように悔しそうにしていた。
よくわからないけど、私のカリスマの能力は稀な部類に入るらしいとお父様が教えてくれた。
北西の遠方にあるフランツィスカ領を統治しているお祖父様からも、私宛ての祝福の手紙とプレゼントが馬車一台分くらい届いたのには流石に私も度肝を抜かれてしまった。お祖父様は近いうちに遊びに来るとのことだ。
ただ不思議なのは、『恋ラバ』のマーガレットが賜物を使用しているのを私は一度も見たことがなかったのである。
悪役令嬢マーガレットなら、きっと身体強化の賜物をこれ見よがしに使ってアリスを困らせるはずなのに、壁のひとつも破壊するイベントもなかったのはなぜだろう?
まさか私がアリスに会ったり誘拐されたりしたせいで何か誤差が生まれて未知の能力が目覚めてしまったんじゃ――大丈夫よね? おかしなことにならないわよね。
でも、この賜物のおかげで誘拐から助かったのは事実なので、自衛のためにもしっかりと賜物の使い方を学びたいと思っている。この身体強化の賜物なら、たとえ幽閉されても壁を粉々に破壊して逃げられそうだし、幽閉エンド対策にもなりそう!
皮肉なことに誘拐されたことで、私は身体的には子供で、精神的にも弱く未熟だということを思い知ることになったのである。
そして、自分のことは自分で守れるくらい強くなりたいと心から願うようになった。
そこでお兄様の稽古をつけているグリンフィルド騎士団長に私も鍛えてもらおうかと、クレイグに冗談交じりに話したら、怒られるどころかクレイグも一緒に稽古したいとやる気満々で賛同してくれた。
クレイグも今回の件で私と同じように思うところがあったのだろう。
これまでちょっぴり距離があったクレイグだったが、以前よりも率直に話してくれるようになったと思う。クレイグとも少しは打ち解けて仲良くなれた気がするし、この誘拐という大事件もいくつか良いことがあったのかもしれない。
雨降って地固まるとはこういうものなのかしら。
いろいろあったけど、アリスとも出会えて仲良くなれて賜物まで使えるようになって、クレイグのおかげで結果的には良い一日で終われた。
さて、そろそろお兄様の稽古の時間だ。クレイグと一緒に、グリンフィルド騎士団長に稽古をつけてもらえるようにお願いしに行かなくちゃ。
お読みいただきありがとうございます。
次の話は――
自分たちの弱さが身に染みた二人は、ある人物に稽古を志願します。
しかし稽古を受けるためには、いつもの障害が立ちはだかって……。