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悪役令嬢マーガレットはままならない~執着王太子様。幽閉も監禁も嫌なので、私は従者と運命の恋を!~【学園編】  作者: 星七美月
第3部 星霜の学園

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第250話 青か緑か

 暖炉の炎が柔らかく揺れる晩餐室。

 マーガレットの誕生日を祝うために、家族や友人たちはテーブルを囲んでいた。


 皆が手に持つカットグラスには、琥珀色のシャンパンが揺らめいている。


「では、マーガレットの十七歳の誕生日を祝して……乾杯!」


 父セルゲイが高らかに宣言すると、マーガレットを讃える「乾杯」や「おめでとう」の声が一斉に響き、グラスの甲高い音が部屋中に反響した。

 薔薇色に頬を染めたマーガレットは、感謝の笑みを浮かべて皆からの祝杯に応えている。


 例の席順はマーガレットを中心に、隣接するのはレイティスとアリス。向かいがルナリアで、その両隣がイグナシオとシャルロッテだ。

 主催の席にはもちろんセルゲイ、そしてその向かいがゼファー。ゼファーは、マーガレットから一番遠い席となった。


 ゼファーとシャルロッテの兄妹喧嘩に一抹の不安を抱えたマーガレットだったが、誕生日パーティは順調に進んでいる。

 好調の理由は、ゼファーが上機嫌であることが要因のひとつだろう。


 シャルロッテと喧嘩し、マーガレットの隣席もアリスに譲り、見るからにゼファーは不機嫌であった。しかし、セルゲイとレイティス――特にレイティスの態度が柔和だったことで、ついにマーガレットの婚約者と認められたと感激したようだ。


 先ほどから、態度を確かめるようにゼファーはレイティスに話しかけている。レイティスは笑顔ではあるが、取り繕うのはそろそろ限界のようで、察したセルゲイがそっと話題を転じた。


「そうだ、昨日はローゼル学園のバーンズ学園長にお会いしてね。昔話に花を咲かせてしまったよ」


 ふと、シャルロッテは銀のフォークをカチャリと皿に置くと、セルゲイを見据える。


「そういえば……どうしてバーンズ学園長は、いつも『青いネクタイ』を付けていらっしゃるのかしら。セルゲイおじ様が学生の時もそうでしたか?」


 セルゲイが答えるより先に、ゼファーが重い口を開いた。


「シャルロッテ。バーンズ学園長のネクタイの色は、私が通っていた頃は黄色い星柄に『緑』の布地だった。だから、ちが」


 ゼファーの話が終わるのを待たずに、シャルロッテが即座に言葉を返した。


「違わないわ! 黄色い星柄に『青』いネクタイです。お兄様の目が悪いのではなくって?」

「んな!? その言葉、そっくりそのまま君に返すよ。シャルは謹慎していたし、学園長のネクタイの色も忘れてしまったのだろう」

「んなっ、なんですってぇ~、青です!」

「いいや、緑だっ」


 突如、学園長のネクタイの色を巡って、ゼファーとシャルロッテの激しい喧嘩が勃発した。


 口元に優雅な微笑みを刻んでいるゼファーだが、その背後には抑えきれぬ憤怒のオーラが漏れ出ていた。対するシャルロッテは拳を握りしめ、眉間に深いシワを寄せて敵意剝き出しで威嚇している。

 二人のぶつかり合いに暖炉の炎は揺らめき、晩餐室は凍りついたような静寂が広がる。


 ふとシャルロッテの視界に、食事の手を止めて硬直しているアリスの姿が入る。


「ねえ、アリスさん。あなたも青いネクタイのバーンズ学園長にお目にかかっているわよね?」

「えっ!?」


 突然飛んできた火の粉に、アリスは魚のように口をパクパクと開閉させている。すると今度はゼファーが、


「いいや、バートレット嬢。それは緑だと、この分からず屋にはっきりと言ってくれ」

「お兄様こそ、分からず屋です!」

「分からず屋は自分が分からず屋だと気付かないのかな。緑だよ!」

「青ですっ」


 兄妹の怒涛の言葉の応酬に、周囲の人々は息を呑み、固唾を飲んで見守るしかなかった。


 もう、どっちでもいいじゃない。

 このどうでもいい高貴な兄妹喧嘩を、どうしたら止められるのだろうか。


 ―ガタッ。


 突然、椅子が床を擦る音が二人の口論を断ち切った。

 椅子を引いたのは二人の妹のルナリアだった。ルナリアは静かに立ち上がり、銀色の長い髪を揺らめかせ、天使のような微笑みをたたえると静かに口を開いた。


「……ゼファーお兄様、シャルロッテお姉様。ちょっとお話がありますので、こちらへ」


 柔らかな笑顔を浮かべたルナリアは異母兄と異母姉を一瞥すると、促すように廊下へと出ていった。ゼファーとシャルロッテは訝しげな表情を浮かべ、妹の背中を追って廊下へと消えていく。


 やがて戻った二人は、まるで恐ろしい物を目撃したかのように青ざめ、生気を失っていた。


 ルナリアはというと、何事もなかったように席に戻り、普段の笑顔でイグナシオに笑いかけている。



 後にシャルロッテから耳にした話によれば、ルナリアは二人にこう述べたらしい。


「お二人とも。

 マーガレットお姉様のパーティで言い争うのは、マーガレットお姉様に泥を塗ることだと理解していますか?

お兄様、ご自分のご婚約者に恥をかかせるなんて、これは婚約破棄されても文句は言えません。まあ、そんなことできないといった余裕のお顔。でしたら、破棄できるようにお父様に頼んで王命を撤回していただきませんと、マーガレットお姉様も公平(フェア)じゃありませんね……ね、お兄様?


 あら、シャルロッテお姉様は笑っていらっしゃいますけど、そういうお姉様は歓迎パーティであんな痴態を晒して、マーガレットお姉様にご迷惑をおかけしたのに、まだ上塗りするおつもりですか?

お二人が親睦が深いことは存じておりますが、その友人の祝杯の席で喧嘩なんて、親しき中にも礼儀ありです。礼節はわたくしたち王家の基本でしょう?

 それさえ守れないのであれば、お父様に報告するしかありません。次は謹慎では済まないかもしれないですね。


 それで、如何なさいます。お二人とも?」


 と、二人の精神をぐりぐりと抉るお説教を早口で繰り広げたそうだ。


 ルナリアがフランツィスカ家にお嫁に来てくれたら、フランツィスカ家は安泰だわ。ちょっと頼りないお兄様を支えてくれることだろう。


 結局、バーンズ学園長のネクタイの色の真実は、有耶無耶(うやむや)となった。


 人によっては、青にも緑にも見える色なのよね。

 青信号なのに緑色みたいな、あの感じである。


 嵐のようなひと悶着が過ぎ去り、ディナーはかろうじて幕を閉じた。


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