第249話 バースデイは前途多難
シャルロッテは煌びやかなシャンパンゴールドのドレスを身に纏い、マーガレットにしっかりと抱きついたまま、そっと顔を上げた。
その顔には、美しいドレスにも劣らぬ輝く笑顔が咲き誇っている。
「マーガレット、ハッピーバースデーっ!」
「わあ、びっくりした。シャルロッテ、ありがとう」
普段より高揚したシャルロッテの態度に違和感を抱きつつも、マーガレットは穏やかに感謝の言葉を述べた。しかし、シャルロッテは一向に落ち着く気配を見せず、弾丸のように早口で捲し立てる。
「驚いたのかしら、驚いたのよね。サプライズ成功です! あら、どうしたの?」
「え、何だかあなたが、えっと……とても興奮しているように思えたから、吃驚しただけよ」
「うふふ、よく気付きましたね。どうして興奮していると思う? それはね、なぜなら……ワタクシの久しぶりのパーティだからですッ‼」
そういえば、シャルロッテは新入生歓迎パーティの件で、国王からパーティ禁止令が言い渡されたんだったわ。
幸福が顔からあふれ出るように、シャルロッテは弾けんばかりの笑みを惜しみなく輝かせている。
「だからもう、楽しくって! そうだ私の可愛い妹、ルナリアはもう来ているかしら?」
「ええ、ルナリアならイグナシオお兄様と」
「そう、それならルナリアにも挨拶しなくっちゃ。マーガレット、行きましょ」
「え、シャルロッテ? でもゼファー様が」
「いいから、行きましょ‼」
シャルロッテはマーガレットの手を掴むと、持ち前の馬鹿力、もとい漲る力強さでマーガレットをぐいと引き寄せ、屋敷の中へと風のように駆けこんでいった。
置き去りにされたゼファーは、エントランスを吹き抜ける冷たい風に身を縮めながら、孤独を噛みしめるように白い溜め息を夜の空へと溶かした。
★☆★☆★
貴賓室前の廊下にて。
「はあ、なるほどねえ」
シャルロッテをルナリアのいる貴賓室へと案内し、手の空いたマーガレットはクレイグの話に耳を傾けている。聞き終えると、マーガレットは僅かに眉をひそめて腕を組み、難しい面持ちで唸りを上げる。
そのマーガレットの曇った顔に気付いたアリスは、気遣うように声をかける。
「マーガレット様、どうなさったのですか?」
「うーん、それがね。シャルロッテの様子がおかしいから、クレイグに調べてもらったの。シャルロッテの従者が言うには、シャルロッテとゼファー様が兄妹喧嘩中らしくて……」
「ええっ、喧嘩中!? お二人はよく喧嘩をなさるのですか?」
「ん-ん。言い合うくらいのことはあっても、けろっと忘れてすぐに笑い合うくらい仲が良いのよ」
マーガレットは首を軽く曲げ、目の前に現れた難題に頭を悩ませる。
従者のミゲル曰く、喧嘩の理由というのが――
「私の誕生日パーティが原因らしいのよね」
「え、どういうことです?」
「どうやら、パーティにシャルロッテが参加するかしないかで喧嘩したみたい」
アリスは呆気に取られた表情で、時が止まったようにマーガレットをじっと見つめた。
わかるわ。どうしてその件で揉めているのか、私にもいまいちわからない。
パーティに参加したいシャルロッテと、まだ禁止令中のシャルロッテは参加するべきでないと主張したゼファー様で対立。
戦況の不利なシャルロッテは、父親のエドワード国王にもきちんと了承を得た。しかし、それでもゼファー様は首を縦に振らなかったのだそう。
と、王族の喧嘩の理由まで話すとアリスの負担になりそうだから、このことは黙っていよう。
「とりあえず、あの二人は喧嘩中だから、アリスはあまり近付かないようにね。触らぬ神に祟りなしだから」
「はい、了解しました!」
アリスは勢いよく声を張り上げ、溌溂とした声を静寂の廊下に響かせる。
「何を了解したんだい?」
アリスの今日一番の返事を偶然耳にしたゼファーは、柔らかな笑みを浮かべながら、二人のもとへと静かに歩み寄った。
アリスは「すみません、マーガレット様。早速関わってしまいましたっ」と、申し訳なさそうにマーガレットに一瞥する。
アリスの謝罪を許すように、マーガレットはすぐにゼファーに言葉を返す。
「ゼファー様。先ほどは挨拶の途中で去ってしまい、申し訳ありませんでした」
「ああ、気にすることはないよ。マーガレットはひとつも悪くないのだから。悪いのはすべて、意地の悪いシャルロッテさ。まったくシャルロッテに突き飛ばされて骨が折れたかと思ったよ、ハハハ」
一国の王子らしく高貴な笑みを湛えるゼファーだが、口からこぼれるのは実の妹への毒を含んだ悪口である。
わぁ~、二人とも本気で喧嘩してる。
この喧嘩、何だか長くなりそうね。
すると思い出したように、ゼファーは先ほど口にした言葉を繰り返す。
「……それで、何を了解したんだい?」
ゼファー様、そこはそんなに気にしなくてもいいのに。
流してほしかったのだけど。
ゼファーの疑問の答えになるような別の道すじを見つけようと、マーガレットは考えを巡らせ、そっと模索を重ねる。そして今日のディナーの席順へとたどり着く。
「……実は、アリスは個人のパーティに参加するのは今回が初めてなのです。不安だと思いますし、ディナーは私の隣の席になるようにしたいと伝えたところでした」
「えっ!? マーガレットの隣の席は僕じゃないのか?」
「ゼファー様。今日は申し訳ないのですが、アリスと替わっていただけないでしょうか」
「……う、う―――ん…………」
両腕を組んだゼファーは、悩ましげに低く唸り声を漏らした。
「お願いです、ゼファー様」
鈴のような声を響かせたマーガレットは、胸元で両手を祈るように重ね、翡翠の瞳を潤ませながら上目遣いをしてお願いした。
自然とそのポーズになってしまっただけなのだが、あざとさのあるその仕草は、珍しくゼファーの胸に鋭く突き刺さり、淡い波紋を広げた。
「か、かわいい…………ぐっ、く……わかった」
敗北したゼファーは、力なく返事をする。
人知れず、マーガレットはホッと胸を撫で下ろした。
よかった。ゼファー様が私の隣席だと、席順的にゼファー様とシャルロッテが向かい合う席になっちゃうのよね。喧嘩中の今、それはどうしても避けたい。
だって、嫌な予感しかしないのだもの。
どうやら、私の十七歳の誕生日は前途多難らしい。
そうこうしているうちに、家宰のジョージからディナーの報せを受け取り、マーガレットたちは晩餐室へと足を運ぶのだった。




