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悪役令嬢マーガレットはままならない~執着王太子様。幽閉も監禁も嫌なので、私は従者と運命の恋を!~【学園編】  作者: 星七美月
第3部 星霜の学園

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第247話 フランツィスカ家の人々

 午後の柔らかな陽光が降り注ぐ頃。

 迎えに現れた豪奢な馬車に身を預け、ゆったりと揺られながら、アリスはついにフランツィスカ家の屋敷を訪問した。


 御者が馬車の扉を厳かに開くと、緊張した面持ちのアリスが恐る恐る顔を出した。エントランスで待つマーガレットを捉え、顔を緩ませたアリスは安堵した笑みをこぼす。


 御者の手を借りて馬車を降り立つと、アリスは淡い水色のワンピースのスカートを指先で摘まみ、マーガレットに向けて美しい儀礼カーテシーを披露した。


「マーガレット様、お誕生日おめでとうございます。本日はお誕生日パーティにお招き下さりありがとう存じます」


 するとマーガレットもスッと令嬢の気品を纏い、幼少より磨き抜かれた完璧な儀礼で優雅に応えた。


「お心のこもった祝いのお言葉、深く感謝いたします。私も、僅かながら大人へと成長できたことを願っております。アリス様がこの佳き日の宴にご臨席くださり、言葉に尽くせぬ悦びでございますわ」


 令嬢の風格を漂わせたマーガレットにアリスは見惚れ、空色の瞳を潤ませて感嘆の表情を浮かべている。


「やっぱりすごいです! 今日のために儀礼カーテシーを練習したんですけど、マーガレット様のようにはできません」

「私のは昔からやっているだけだから。アリスの儀礼カーテシー、とっても綺麗だったわ。これなら、いつ高貴な人の前にでても……あ、そうだ。アリスに謝らなくちゃいけないことがあるの」


 マーガレットのどこか後ろたい様子にアリスは微かに眉を寄せ、不安げに言葉を返した。


「え、何でしょう?」

「実は家族だけのつもりだったのだけど、ゼファー様とシャルロッテも参加することになって……ちょっと勝手が違うかもしれないけど、大丈夫かしら?」

「それは、もちろん構いませんけど。高貴な王家の方々と、私が食事を共にしてもよろしいのでしょうか?」

「え? そんなの構わないに決まってるじゃない。あなたは私の友人として、ここにいるのだから」

「友人……私が、マーガレット様の!」


 マーガレットが『友人』と呼んでくれたそのひと言に、アリスの胸は熱い感動で震え、空色の瞳は潤んでいく。

 アリスの目元の光るものに気が付かなかったマーガレットは、ふと思い出したように手を打ち鳴らした。


「あ、そうだ。まずはお父様やお母様に紹介しなくっちゃ。確か、さっきお兄様とルナリア、えっと、お兄様のご婚約者様も一緒にいたから、貴賓室に行ってみましょう」


 そう言うと、マーガレットはアリスの細い手を取り、はしゃいだ子供のように元気よく屋敷の中へと連れて行った。




「さ、ここが貴賓室よ」


 貴賓室の重厚な扉は開け放たれ、中を覗くと、男女四人が思い思いに寛いでいる。


 窓辺では、若い男女が外の景色を指差し、囁くような笑い声を響かせていた。

 一方、暖炉の揺らめく光のもと、豪華な革張りのソファに身を沈めたマーガレットにとてもよく似た赤毛の女性と、新聞を手に持つ髭を生やした優しそうな男性が穏やかに会話を交わしている。


 その貴賓室の光景が、まるで貴族の物語のような、別世界に迷い込んだようにアリスは感じた。


 マーガレットがヒールの音を響かせると、別世界の四人はこちらに気付き、一瞬にして部屋中の視線がアリスへと注がれる。


 呼びかけたわけでもないのに、四人は好奇心に駆られるようにアリスのもとへ、一斉に集結した。


 セルゲイは穏やかに笑い、レイティスは扇子で口元を隠しながらアリスを観察し、イグナシオは隣のルナリアに熱視線を送っている。その視線を送られたルナリアは、イグナシオとアリスの両方ににこやかに微笑んでいる。

 アリスもルナリアへと笑顔を返した。


 この方が、マーガレット様のお兄様のご婚約者様なのだろう。

 私よりも若いかしら。あれ、この方、何だかどこかで……?


 アリスは何か既視感を覚えた。

 すると、マーガレットはコホンと咳払いしてから、高らかに澄んだ声を響かせる。


「皆さん、こちらが私の友人のアリス・バートレットさんです。アリスは学園の特待生で、とても優秀なの。この前の前期試験も三位だったんから。そしてね、なんとアリス……癒しの賜物(カリスマ)が使えます! ででんっ」


 王国に一人いるかいないかの、稀有な癒しの賜物(カリスマ)が使えると聞いた四人は、一気にどよめく。そして、アリスも別の意味で目を丸くする。


 マーガレット様、お願いです。それ以上、ハードルを上げないでくださいっ!


 アリスの笑顔の裏に隠された切なる願いを知る由もなく、マーガレットはふわりと向きを変えてアリスに向き直ると、温かな声で再び語り始めた。


「それじゃ、今度はアリスに私の家族を紹介するわ。大体わかると思うけど、こちらが私のお父様。そしてこちらがお母様。それにイグナシオお兄様に、お兄様のご婚約者のルナリア様よ」


 余りにも簡単な紹介に、四人は一斉に口を開いた。


「ははは、僕たちはそれだけかいマーガレット。アリス嬢の紹介と、えらい違いだね」

「まったく、マーガレットったら。もう少しきちんと紹介なさい」

「はあ、これじゃマーガレットの友人自慢を聞きに集まったみたいじゃないか」


 フランツィスカ家の三人が呆れる一方で、ルナリアは煌めくような紫の瞳を輝かせ、尊敬の眼差しをアリスに向ける。


「わたくしも学園に入学したら、お二人のように仲の良いお友達を作りたいです! それに、アリスさんにお会いできることを楽しみにしていたのです。アリスさんのことは、お兄様からも伺っていましたので」

「え、お兄様ですか?」


 ルナリアの何気ない言葉に、微かな疑問がアリスの空色の瞳に浮かぶ。


 お兄様って、誰のことだろう?

 とても高位のご令嬢のようだから、ルナリア様のお兄様も高位の貴族の方よね。


 アリスは頭をフル回転させ、ルナリアを見て感じた ある既視感を思い出す。


 銀色の髪に、淡い紫の瞳って……王族? ま、まさか……。


「もしかして……アヴェル殿下の、妹様の?」

「はい、わたくしは第四王女のルナリア・ローゼンブルクといいます。わたくしの母も特待生として学園に入学しましたので、兄が教えてくれたのです。よろしくお願いします、アリス様」

「あ、こここ、こちらこそよろしくお願いいたしますっ」


 ルナリアに深々と礼をしながらも、アリスの心は嵐の海のように揺れ、深い困惑に囚われていた。


 マーガレット様のお兄様と、アヴェル殿下の妹様は婚約してるの!?

 それじゃあ、マーガレット様とアヴェル殿下の婚約の可能性は限りなくゼロに近いんじゃ……それに身内だけのパーティとおっしゃっていたけど、兄のご婚約者のルナリア殿下は身内に入っていて、ご自身のご婚約者のゼファー殿下は身内に含んでいないって……これって。


 ―パチンッ。


 ぼんやりと心を漂わせていたアリスの耳に、突然小気味よい音が飛び込み、アリスは思わず顔を上げた。扇子を手に収めたレイティスは、いつものつんとした気配を消し去ると、母の温もりを思わせる柔らかな笑みを浮かべる。


「アリスさん、マーガレットと友人になってくれてありがとう。本当に感謝しています。ただ私としては、あの子の起こすトラブルに、あなたが巻き込まれないか心配です。あの子は昔から、池に落ちるわ、誘拐されるわ、変な男に好かれるわで本当に心配ばかりで……くどくど」

「ちょ、お母様っ」


 マーガレットが慌てふためきながらレイティスを制止する姿を横目に、アリスはそっとくちびるを綻ばせ、その愛らしい顔に一瞬だけ、悪戯な笑みをこぼした。


「それなら問題ありません。私、マーガレット様と一緒なら、どんなトラブルだって楽しんでしまう自信がありますし‼」


 鼻息荒いアリスの発言に、貴賓室はしんと静まりかえる。その静寂を破るように、セルゲイが笑い声を響かせた。


「ふははっ、一本取られたねレイティス。彼女なら、僕たちが余計な心配をする必要もなさそうだ」

「ええ、そうねセルゲイ。アリスさん、うちの娘をよろしくお願いします」


 優しい笑い声と穏やかな空気に包まれながら、アリスのフランツィスカ家の人々との初対面の時間は、静かに、陽だまりのように温かく流れていった。


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