第24話 覚醒
ダレンはのびた仲間たちを見るなり、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……へぇ、アイツら全員のびちまってるな。こんな貴族のガキごときにやられてまァ……」
「お嬢様は下がっていてください」
「でも」
「早くっ」
本当はクレイグを止めたかったが、マーガレットはくちびるを噛みしめて後ろへと下がった。
ここまで四人の屈強な男たちを倒したクレイグだし、きっと大丈夫。
でも、さっきから頭の隅でチリチリと嫌な予感がして仕方ない。
どうか……どうかお願い。
素直に下がったマーガレットを確認したダレンは腰に下げていた細い剣・レイピアを取り出すと、自分の頬の傷に触れ、狂気に満ちた顔でこれでもかと口角を上げて話し出した。
「お姫様を守る騎士様ってか。泣かせるじゃねぇか……言っとくが、俺はコイツらとは違うぞ。お前が騎士だってんなら、俺はお前の先輩だからなあッ‼」
踏み込んだダレンの足は素早く、力みなぎるクレイグの足の速さよりも数倍早い。クレイグはダレンの突きをギリギリのところで避けていく。しかし完全に避け切れているわけではなく、レイピアの剣先で服はボロボロ、皮膚は擦り傷が増え血が滲んでいく。
「ほーう、いい反射神経だ。でも避ける一方じゃねぇか。何か仕掛けてきたらどうだ、騎士様よぉ?」
どうすればいいの?
マーガレットはにゃんコフを抱き締めて、二人の戦いの行く末を固唾を飲んで見守っている。
あのダレンっていう男、今まで倒した奴らとすると段違いに強い。
このままじゃ、クレイグが負けちゃう……どうにかしなきゃ。
焦るマーガレットの視界にある物が目に入った。
ダレンの突きは先ほどよりも早くなり、躱すたびにクレイグの太腿には痛みが生じ、クレイグは激痛で顔を歪めた。
みなぎっていたはずの力が消え、酷使した足が悲鳴を上げ始めたのだ。
「オラオラオラオラッ! このままじゃ負けちまうぞ?」
「くっ」
「スキありぃぃっ!」
カラカラカラ……。
クレイグの持っていた箒は無情にも弾き飛ばされ、渇いた音が虚しく響く。
「ん? 何か急に弱くなったな。こんなんにアイツら負けたってマジか。ん、貴族?……って、痛ってぇ‼」
その時、暗闇から数多の鋭いくちばしが現れ、一斉にダレンへと突撃した。檻に閉じ込められていた鳥たちをマーガレットが逃がしたのだ。
ダレンは鳥を振りほどくことに必死で、クレイグとマーガレットから目を離す――その瞬間、クレイグはダレンの左足を力いっぱい蹴とばし、バランスを崩したダレンはレイピアを床へと落とした。
マーガレットはその隙を逃すまいとみなぎる力を右手にイメージして、レイピアに気を取られたダレンに向かって思い切り撃ち込んだ。しかし、あと少しというところでダレンは身を躱し、マーガレットの怒りのこぶしは壁へと撃たれた。
ボゴコォォ―――ガララララッ。
マーガレットのこぶしを受けた壁は爆弾でも被弾したかのように粉々に砕け散って、外の景色が丸見えになっていた。
穏やかに暮らしていた近所の住民たちも、とんでもない爆発音に驚いて何事かと顔を覗かせている。
実のところ、一番驚いたのは撃った本人のマーガレットだった。
マーガレットは眩暈のする頭を手で支えながら、自分のあけたらしい大穴を呆然と見つめた。
……ウソぉ。これ、私がやったの? 私ってこんなに力持ちだったっけ。
「危ないっ、お嬢様ッ」
クレイグの声に反応したマーガレットはすぐに振り向いたが、すでにマーガレットはダレンの大きな腕に掴まれていた。
「くっ、放して」
「なるほど、そういうことか。お前……賜物持ちだな。さしずめ身体強化の賜物ってところか。どおりでアイツらが負けるワケだ」
「え、賜物?」
確かにこの世界には賜物と呼ばれた特殊な力を持った人間が存在する。
私の知る限り、マーガレットは賜物が使えなかったと記憶しているのだが。
でもダレンの言うとおりなら、私がもう一回賜物を発動してコイツをボコボコにのしちゃえばいいってことだわ。
立ち眩みする中、マーガレットは胸の中心に力がたまるようにイメージし、賜物の発動を試みる…………しかし、先ほどのようなみなぎる力は発動しなかった。
ダメだ、頭もクラクラして上手くいかない。
もしかしたらゲームのMP不足のように、限界まで賜物を使ってしまったのかしら。
ダレンはマーガレットを抱えている腕とは逆の手で疲れ果てたマーガレットの顎を持ち上げ、吟味するように観察した。
「身体強化の賜物持ちか。こりゃ手放すのが惜しくなったな。コイツは俺の下で働いてもらわねーと……ふむ、あと十年もすればいい女になりそうだし、楽しみだ。ククク……」
「やめろっ! お嬢様に汚い手で触るなあぁぁっゴフッ」
ボロボロの箒で攻撃しようとしたクレイグを、ダレンは左足で蹴り落とし、突っ伏したクレイグの頭をジリジリと踏みつける。
「そんなに心配しなくても、お前はちゃんと売ってやるからな……っと、こうしちゃいられねぇ」
マーガレットのあけた大穴から警笛の音が聞こえたダレンは、ぐったりしたマーガレットとクレイグを両手に抱えると、倒れている他の仲間には目もくれず急いで廊下へと出た。
するとダレンの周囲に金木犀の芳しい香りがふわりと漂う。
刹那――細い影が見えたかと思うと、ダレンの腹部に内臓が吹っ飛ぶような衝撃が走った。廊下にいたはずのダレンは瞬きをする一瞬ほどの間に、マーガレットのあけた大穴近くまで吹き飛ばされていた。
「ガハッ」
あまりの衝撃に、ダレンに抱えられていたマーガレットとクレイグの二人は空中へと投げ出された。しかし、もうひとつの背の高い影が二人を優しくキャッチする。
ダレンが状況を理解するヒマも与えずに、細い影はダレンの背後に回り込むと、背後から腰を掴んで後ろに反りながらダレンを思い切り投げ飛ばした。
意識を失う中、ダレンが目にしたのは月明かりに照らされた、月の精と見粉うほどの美しい赤毛の女性だった。
――いい女だ。
ダレンの意識はここで途絶えている。