第233話 過ぎ去りし日の悔恨
マーガレットたちは川の下流に沿って、集合場所へと向かっていた。
肌を撫でる空気は清らかに澄み渡り、ひんやりと心地よい。
パンパンパァ―――ンッ!
その時、光球探しの終了十分前を告げる花火の音が森内に鳴り響く。
空に散る花火の煙を見上げ、マーガレットはひとり肩を落とした。
あ、本当にイベントが終わっちゃう。二人のイベント潰しちゃった……。
私たちのチームのポイントは、アリスとアヴェルの頑張りもあって四十八点となった。
光球探しで優勝したら親密度がぐんと上昇値がするのだけど、五十点が優勝ポイントだった気がするのよね。けれど、あと二点。届かない。
どこかに光球残ってないかしら。
翡翠の瞳を大きく見開き、マーガレットは周囲をキョロキョロと見回す。
幸運なことに、川原近くにふわふわと低空飛行している光球を発見した。
「あ、あそこにあるわ!」
踵を返したマーガレットは道から外れ、川へと近付いていく。
気付いたアヴェルもマーガレットを追いかけ、心配そうに呼びかける。
「マーガレット、俺が行くからちょっと待て」
「大丈夫よ。川までは入らないし、ちゃんとしっかりした地面があるんだから、ほら見て」
つま先でリズムを刻むように、緑の地面を蹴ってみせる。
するとどうしたことか、あったはずの地面はぐらりと動き、それが水草によってできた偽りの大地だと理解した時には――そのままザブンと川の中。
飛び散る水飛沫に、アリスとアヴェルは呆気に取られる。
「マーガレットッッ‼」
「マーガレットさまあぁぁぁっ!?」
水面の片隅で、僅かにアリスの悲鳴が聞こえる。
藻掻きたくても、身体は麻痺したようにうんともすんとも動かない。
深く、底へ底へと、沈んでいく。
ここは、水の中? ……い、け?
私ったら、相変わらずカナヅチのままなのね。
……あいかわらず?
それはマーガレット? それとも前世の、私?
もしかして、前世の私は水の中で溺れて死んだのかしら。
私、またこれで死んじゃうの……?
アヴィ、アリス。
二人のイベントを台無しにしてしまって、本当にごめんなさい。
……クレイグ。
あなたの言うとおり、やっぱりドジしちゃったみたい。
ここで落とす命だったのなら、あなたに好きって伝えておけばよかった、な。
ああ……もぅ、息が……でき…………な、ぃ……。
刹那――大きな腕がマーガレットの腰を包み、暗い水底からマーガレットを掬い上げた。そしてすぐさま、水のない川原へと運んでいく。
運ばれていくさ中、意識を取り戻したマーガレットは息を吐いた。
「ゴホッ、カホっっ……がはっ」
口から鼻から大量の水を飲んだマーガレットは激しく咳き込み、水や涙、体液を吐き出した。
「マーっ‼ よかった」
紙一重でマーガレットを救ったのは、アヴェルだった。自らも川へと入り、二人は頭の先からつま先まで、ぐっしょりと濡れている。
アヴェルはマーガレットを強く抱きしめたまま、マーガレットの背中を優しくさすっている。寒さと死の恐怖からくる身体の震えに抗うように、マーガレットはアヴェルにひしと縋りついた。
まだ呼吸が上手く馴染まず、マーガレットは青ざめたくちびるから途切れ途切れの言葉をこぼした。
「はぁ、はっはっ…………アヴ……ごほっ」
「しゃべらなくていい。ゆっくり息を吸って整えるんだ。バートレット嬢、すまないがマーに癒しの賜物を頼む…………バートレット嬢‼」
「……は、はい、もちろんです!」
命の危機に気が動転し、呆然と佇むことしかできなかったアリスは、アヴェルの言葉で我に返った。
背中にアリスの温かな手が触れる、癒しの賜物によってマーガレットの呼吸がゆっくりと落ち着いていく。
アリスの賜物のおかげもあってか、虫の息だったマーガレットの呼吸はようやく正常に戻った。まだ少し喉に違和感はあるが、マーガレットは精一杯発声し、かすれた声で感謝の言葉を紡ぐ。
「あり、がとう……アヴィ、アリス」
紫色の瞳を涙で滲ませたアヴェルは、マーガレットの頬にそっと両手を添えた。
「よかったマー……ずっと後悔してたんだ。あの時の、六歳の弱い俺は、溺れる君を見ていることしかできなかった。今度は君を救えて、本当によかった……うぅ」
ぐっしょりと濡れたアヴェルの頬を、六歳の頃の後悔を懺悔するように一粒の涙が流れ落ちた。
もしかして、アヴェルは私が池で溺れた時のことをずっと気にしていたの?
溺れた子供を助けるなんて、大人でも難しいことなのに……。
「アヴィ、あなたは弱くなんてないわ。あの時だって、助けを呼んでタチアナを連れて来てくれたじゃない。あの時の必死なアヴィの声、よく覚えてるんだから」
アヴェルの涙を指先で拭いながら、マーガレットは微笑み、そしてそのまま意識を失った。
「マーガレット? マー、マぁーッ!?」
「マーガレット様、しっかりしてくださいっ!?」
遠くで私の名を叫ぶ声が、微かに耳に響いた――




