第231話 運命のふたり?
「あ、ここにもありましたっ」
アリスは草木の下に隠れていた仄かに光る光球を発見した。
指先で触れると、光球は眩いほどに輝き、ピンポン玉ほどの金色のボールへと変化する。
ボールを受け取ったマーガレットは、すでに袋に収められた金色のボールを指でなぞってひとつひとつ数え始めた。数え終わる頃には、マーガレットは驚嘆の声を上げていた。
「ええっ! すごいわね、アリス。これで九個目の金色よ。金色のボールって十個しかないって言っていたのに、ほぼうちのチームが独占しているわ」
アリスが幸運の持ち主なのか、ヒロイン補正なのかはわからないけど、この数はちょっと超越している。
岩場の陰を探していたアヴェルも、探す手を止め、その驚愕の数値に唸り声を上げた。
「金はひとつ三点だから、金だけで二十七点……もしかすると本当に優勝が狙えるかもしれないな」
「わあ! 私、こういう勝負事で優勝したことがないので、優勝できたら嬉しいです。下町の借り物競争ではいつもビリなので」
ちなみに、金色のボールの他に、銀色が二つ、銅色が五つ袋に入っている。
全部で三十六点。総合計 五百五十点のうちの三十六点は、多いのか少ないのか。
生徒の中には探知の能力に優れた賜物の持ち主もいるだろうから、まだまだ油断はできないのよね。
薄闇に包まれた森を進むうち、視界がふわりと開けた。突如として広がった光景に、マーガレットたちは息を呑む。
木立から差し込む太陽の光が、金色のシャワーのように降り注ぐ。
その光景は、まるで光の妖精たちの集う秘密の庭園のようで、筆舌に尽くしがたいほどに美しい。
「何て綺麗なの……」
幻想的な空に魅せられ、顔を上げたままマーガレットは歩みを進める。すると、突如、地面が溶けるように崩れ――足を踏み外した。
「マーガレット、危ないっ!?」
大声とともに、アヴェルはマーガレットを背後から力強く抱きしめる。
足元に目をやると、靴にはべったりと泥が付着しており、この先が沼地であると告げていた。
アヴェルが止めなければ、このまま進んで沼地に沈んでいたかもしれない。
その恐ろしい事実に気付いたマーガレットは、振り返って背後のアヴェルに力なく微笑みかける。
「あ、ありがとう。アヴィ」
「ふう、よかった。これでクレイグに怒られなくてすむな」
「う……確かに。ごめんなさい」
「おっと、落ち込ませるつもりはなかったんだ。ごめんごめん」
マーガレットを背後から抱きしめるアヴェルは、機嫌を窺うようにマーガレットの頬にそっと顔を寄せる。
その近すぎる距離は、傍目から見たら恋人同士にしか見えないだろう。
空にかかる金色のシャワーも、運命の二人のためだけに存在しているかの如く煌めいていた。
そして、ここにもひとり――思い違いをしてしまった者がいる。
アリスのくちびるは緩やかに弧を描き、マーガレットとアヴェルを愉悦に満ちた表情で見守っていた。
やっぱり学園のウワサどおり、このお二人は運命なんだわっ!
幼馴染みのお二人は、やっぱり相思相愛。
なのに、マーガレット様はゼファー殿下と……だとしたら、何て悲恋なのだろう。大好きなマーガレット様のために、何かお手伝いはできないだろうか。
アリスの空色の瞳が輝いた瞬間、沼地の中心にある小島の木の根元がきらりと光った。
「あっ、あそこにも光球が」
「本当だ。でもバートレット嬢、あそこまで行くのはひと苦労だ」
アヴェルの指摘通り、光球のある小島の周囲は沼で囲われており、渡るのは難しい。かろうじて、いくつかの岩が沼から点々と顔を出しているだけである。
「これくらいなら大丈夫です。私が行ってきますね」
アリスはひょいひょいと軽やかに岩を渡り、沼地の中心の小島へと辿り着く。
マーガレットがこちらに向け拍手をして讃える姿が、遠目にも確認できた。隣のアヴェルはマーガレットが沼に落ちないか心配で、とても忙しそうだ。
アリスが目的の光球に触れると、光球は金色へと変化した。これで三十九点。
すると、アリスの脳裏に天使の囁きが響く。
そうだ。私はしばらくこっちにいて、二人きりにしたらどうだろう。
「マーガレット様ぁ~! 私はこちらを探してみますので、お二人はそちらをお願いしまーす」
声を張り上げて伝えると、二人は快く了承した。
沼地近くを隅々まで探し始めたマーガレットに対して、アヴェルはある人物に向けて共感の溜め息をこぼす。
「はーあ。クレイグの気持ちがわかった気がする」
アヴェルは、さりげなくマーガレットを観察していた。
リスを見つけて微笑みかけたかと思うと、突然茂みを掻き分けてほふく前進する。三秒目を離すと、もうその場にはいない。
その予測不能な行動には翻弄されるばかりで、まるで踊らされているような気分になる。
人を見守るということが、こんなに大変だとは。
今度、従者のデイビッドや護衛騎士たちに何か労いの物を贈るとしよう。
―その時だった。
「あっ!」
いつもより甲高いマーガレットの声が沼地に響き渡る。
「マーガレット、どうした?」
心配したアヴェルが駆け寄ると、マーガレットは沼のほとりの木の枝に絡みついている『ある花』を指差していた。
それは百合の花に似た、少し小ぶりの白い花だった。
『あの花』には見覚えがある。
「ねえアヴィ、この花覚えてる? 子供の頃、フランツィスカ家の屋敷の池に咲いていた綺麗な花と同じ花よね」
「……ああ、そうだな」
アヴェルは少し声を落として返事をした。
その花を忘れるはずがない。
その花を取ろうとして、マーガレットは池に落ちてしまったのだから。
臆病な六歳の俺は、水に沈んでいくマーガレットを震えて見ていることしかできなかったんだ。
俺にとってその花は、戒めの花だった――




