第23話 弱者たちの反撃
ギ、ギギギギキイィ――――ッ。
重い石扉の轟音を響かせて入ってきたのは、ため息まじりのムートンだった。
「まったく、兄貴も人使いが荒いんだから。ガキの証拠になる服を持って来いだなんて、面倒くさいことは全部俺にやらせるんだも……ん? おい! おいおい、おいっ‼ ガキ共、どこ行った⁉ いないぞ」
ムートンは二人を運んだあたりをキョロキョロと見回している。
その様子を石扉の陰から見ていたクレイグは飛び出し、ムートンの後頭部目がけて箒を叩き込む。
ヒット!
しかし、ムートンはよろけた程度ですぐに振り向いた。
「んあっ! お前ら何で縄が解けて? あ、あアニキぃ――――っ‼」
ムートンは大きな声で叫びながら、太い腕をグルグルとぶん回してクレイグに詰め寄った。
だが大振りすぎて空振りになり、クレイグはムートンの攻撃をギリギリで躱していく。頭に血がのぼったムートンの目標は、身軽なクレイグにだけ注がれているようだ。
石扉は開いている。
マーガレットが逃げるなら今しかないだろう。
でも、でも、クレイグを置いていくなんて……。
マーガレットが悩んでいるうちに、クレイグは壁際へと追い詰められてしまった。
「フハハハハ、追い詰めたッスよ。悪ガキはおしおきッス‼」
ムートンの重い一撃がクレイグに打ち込まれようとしたその時、マーガレットがクレイグを押すように抱きついて攻撃を躱した。
「おじょ……さまっ」
「クレイグを置いて逃げるなんて、やっぱり無理よ」
「にゃん、にゃんにゃぁぁ~ぁ」
「ほら、にゃんコフだってそう言ってるわ」
マーガレットの左腕にしがみついていたにゃんコフは、とても楽しそうにゴロゴロと鳴いた。かと思うと、突然マーガレットの腕から離れ、その可愛い肉球をクレイグの手に押し付けてじゃれ始める。
―ビリっ。
突然、クレイグとにゃんコフの間に静電気のような衝撃が走った。
「いたッ⁉」
「にゃ?」
「え、何? どうしたの」
クレイグとにゃんコフのあっけにとられた表情を見たマーガレットは「何事?」と驚いている。
「いえ、今何かビリッと電気のようなものが流れたような……っ⁉ あぶないっ‼」
―ドンッ。
息もつかせぬムートンの攻撃に、今度はクレイグがマーガレットを押して攻撃を躱した。ムートンの攻撃はちりとりにあたり、ちりとりはぐにゃりと曲がってひしゃげ、もう盾としてもちりとりとしても使えない。
「フハハハハッ、次はお前らがちりとりみたいになるッス。とっとと捕まったほうが痛くないッスよ!」
六歳の子供二人(+仔猫) VS 筋骨隆々の大男。
勝敗は明らか……分が悪すぎる。一体どうすればいいの?
ムートンの攻撃に驚いたにゃんコフは、マーガレットの懐へと逃げ込んだ。マーガレットもにゃんコフを抱きしめて迎える。
ふと、マーガレットの胸のあたりが温かくなっていくのを感じる。まるで春のポカポカとした陽気の暖かな陽だまりのよう。
にゃんコフが温かいから? でも、それだけじゃない。
さっきまで不安で仕方なかったのに、安心するようなこの感じは何?
不思議ともっと温かくしたいと望んでしまう。
そしたら何か変わる気がする‼
マーガレットは集中して暖かな春のイメージを思い浮かべた。
胸のあたりであふれるような力が泉のように湧き上がるのを感じた。
なにこれ⁉ 力がみなぎってくる……あれ、さっきぶたれたところも痛く、ない? もしかして……。
何かひらめいたらしいマーガレットは、クレイグの肩を掴んだ。
「クレイグ、ちょっと!」
「ちょっ、おじょ……うさま?」
マーガレットは問答無用でクレイグを強く抱き締めた。
――どうかクレイグにこの力を分け与えて、お願い‼
突然の抱擁に慌てふためき顔を赤らめたクレイグだったが、すぐに抱きしめられた意味を理解した。
何だこのみなぎってくる力は。
自分の体が自分の体じゃないみたいに力があふれてくる――今ならっ!
「フハハハハ、女の子に守られてイイご身分ッスね。ならお望みどおり、二人まとめておしおきッスよ‼」
ムートンがこぶしを振り上げた瞬間――クレイグはさっきまでとは別人のスピードで、隙だらけのムートンの腹部に箒で一撃を叩き込んだ。
その衝撃は凄まじく、重量級の大男ムートンが吹き飛ぶほどだった。吹き飛んだムートンは檻にぶつかり、大きな衝撃音と振動が地響きのように建物内に響き渡った。
「おい、何だ今の音は⁉」
「アイツらのいる部屋じゃないか?」
今の衝撃音で酔っ払いの誘拐犯たちも流石に異変に気付いたらしく、廊下から小走りでやってくる音が聞こえる。
開いたままの扉から顔を出したのは、ひょろ長いデニス率いる男三人。
のびたムートンの姿を確認した三人は、各々武器を取り出して臨戦態勢に入った。
「ってめぇら、ムートンに何してんだ!」
「アニキ――ッ、ムートンがやられちまってる‼」
「コイツら……やっちまえぇぇ――――ッ!!!」
この時ナイフを構えて突っ込んでくる男たちから、マーガレットは『殺意』というものを初めて向けられ、たじろぐしかなかった。
いっぽうクレイグはというと、いつもと変わらない、いいや、いつもよりも逞しい表情で、襲いかかってきた三人の男たちの身長よりも高くジャンプしてすべての攻撃を躱していく。
もの凄い脚力。
まるで牛若丸が八艘の船を越えて飛んだ八艘飛びのような見事な身のこなしだ。
目の前から消えたクレイグを、男たちはキョロキョロと見回して探している。しかし宙を舞うクレイグは、男たちの後頭部をタンタンタンッと箒で三連撃して、いとも簡単にやっつけてしまった。
「お嬢様、早く逃げましょう!」
クレイグはマーガレットの手を握ると石扉へと急いだ。
―早く、早く逃げなきゃ。
しかし、扉の前にヌッと大きな影が現れた。
「おっと……そうはいかんぜ、ガキども」
「「っ⁉」」
現れたのは、誘拐犯のリーダー格の男ダレンだった。