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悪役令嬢マーガレットはままならない~執着王太子様。幽閉も監禁も嫌なので、私は従者と運命の恋を!~【学園編】  作者: 星七美月
第3部 星霜の学園

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第225話 思いがけぬ待ち伏せ

 フェデリコ先生の魔法科学の授業が終わり、マーガレット、クレイグ、アリスの三人は、授業で使用した資料や器具の後片付けを手伝っていた。


 チョークの粉塵が舞う中、フェデリコは黒板消し片手に柔和な笑みを浮かべる。


「いやあ、いつもありがとね。三人とも助かるよ。あ、クレイグ君。その器具は重いから気を付けて」

「これくらいなら、問題ありません」


 クレイグは重量のある器具を軽々と持ち上げ、フェデリコに驚嘆の表情を貼り付かせている。


 重量のある器具はクレイグとフェデリコ先生、軽量だが(かさ)ばる本と資料はマーガレットとアリスが引き受ける。

 以前、フェデリコ先生から頼まれたことがきっかけで、魔法科学の授業のあとは後片付けを手伝うことが恒例となった。


 実はこの手伝いは、アリスとフェデリコ先生の仲が発展するための大事な好感度稼ぎでもある。このままいくと、アリスはフェデリコ先生と恋に落ちるのかしら。


 ただ、少々気掛かりなことがある。

 フェデリコルートは特定の恋敵ライバルがいないかわりに、不特定多数のフェデリコファンの女生徒からいじめを受けるという、過酷なルート。

 見渡す限りの女生徒が敵となるので、乙女ゲームをプレイしているはずなのに、ドキドキよりもギスギスが多くて、精神的に非常にしんどいルートである。


 それで、私が一緒にいることで少しはいじめの抑制になるかもと、クレイグと一緒に手伝うことにしたのだ。


 クレイグは重い器具を軽々と持ち上げながら、どこか憂いを帯びた眼差しでマーガレットに視線を送る。


「お嬢様。僕がいない間、お願いですから無茶はしないでくださいね」

「ええ、わかっているわ。護衛騎士さんだって付いているし、安心して」


 得意げに胸を張ったマーガレットの後方には、マーガレットから渡された資料を抱えた護衛騎士が静かに佇んでいた。


 器具を運ぶクレイグとフェデリコは四階の魔法科学準備室へ、一方、本と資料を持ったマーガレットとアリス、そして護衛騎士は一階の魔法科学資料室を目指し、二手に分かれて進み出す。




 資料を抱えながら、階段を慎重に一歩一歩下りるアリスは空色の瞳を輝かせ、楽しげに声を弾ませた。


「来週の課外授業って、何をするのでしょう?」


 するとアリスと仲良く並んで階段を下りていたマーガレットも、頬を緩ませながら言葉を返す。


「ふふ、きっととっても楽しいことよ」

「え、マーガレット様。何か知っているんですか?」

「え、まさかぁ」


 マーガレットとアリスが階段に笑い声を響かせながら一階まで下り、魔法科学資料室へと続く廊下に視線を向けた瞬間、二人の笑い声は時が止まったように静寂した。


 二人の瞳に映ったのは、資料室の前で五人の女生徒たちが何かを待つように佇んでいる姿だった。心なしか、女生徒たちから敵意を宿した刺さるような視線を感じる。


 アリスもマーガレットと同様に何かを感じ取ったようで、マーガレットと顔を見合わせた。


 もしかして、フェデリコ先生のイベントなのかしら。

 手伝いをしていたし、アリスのフェデリコ先生の親密度が一定に達した?

 だとしたら、これはいじめイベントということになるのだけど……。


 眉を寄せ、険しい顔を浮かべながら、マーガレットは思い悩むように考えを巡らせる。


 資料室に行くためには、女生徒たちの前を通らなければならない。

 本当はあの女生徒たちがいなくなるまで待っていたいけど、次の授業のことを考えると、そうも言ってはいられない。

 いじめイベントかもしれないけど、私がいることで何かが変わるかもしれないし。


 息をこぼしたマーガレットは、覚悟を決めたようにこくりと頷く。


「時間もないし、行きましょう」


 アリスも無言で同意し、二人は廊下へと足を踏み出した。


 平然を装い、緊張を気取られないようにゆっくりと歩みを進める。廊下の軋みとともに、二人は資料室の前まで来ると、女生徒たちにさりげなく一礼した。


 俯いたまま、決して目は合わせない。

 盗み見た襟章を確認すると、全員二年生のようだ。

 女生徒たちはマーガレットたちに視線を送るだけで、特に何か仕掛けてくる気配もない。


 よかったー、特に何も起こらないみたい。


 しかし、資料室の扉のドアノブに手をかけ、マーガレットが安堵の息をこぼした時、一人の女生徒が声を上げた。


「お待ちください!」


 悲しい(かな)、声をかけられて無視することもできず、マーガレットは張り付いた笑顔でゆっくりと振り返る。

 すると、女生徒たちのリーダーと思しき女生徒が、マーガレットに向かって軽い儀礼を(てい)した。


「マーガレット様、ごきげんよう。将来の王太子妃であらせるマーガレット様が、片付けなどする必要はありませんわ」


 礼節も言葉遣いも、隙なく整えられたこの女生徒は、マーガレットも夜会で何度も言葉を交わしたことがある。


 確か侯爵家のバーバラ・エヴァンティ様だ。

 マーガレットの赤毛よりも暗く赤い長髪をなびかせ、(からす)の濡れ羽色のカチューシャで前髪を上げたバーバラは、どこか理知的な雰囲気を漂わせている。


 同じ赤毛仲間ということを差し引いても、とても人当たりの良い方だと思っていたけど、今日は何だか威圧的に感じてしまう。


 でもどうして私が手伝いをすることを気にするのだろう。

 まったく話が見えてこない。

 アリスのフェデリコ先生のイベントかと思ったけど、違うみたいね。

 とりあえず、当たり障りのない会話をして様子を見てみましょう。


 マーガレットはにこやかにくちびるを綻ばせると、穏やかな声を響かせた。


「ええ。私も学生の間にいろいろと挑戦して、見聞を広めてみたいと思いまして」

「あら、見聞を?」


 するとバーバラの背後から、一人の女生徒が歩み出る。

 どこか嘲笑したような声色を響かせたショートヘアの女生徒は、アリスに近寄ると、品定めでもするかのように無遠慮に観察した。

 その視線は、どこか人を見下したような感情が垣間見える。


 アリスへのこの無作法な態度。

 これはやっぱり、何かのイベントなのかしら。

 とすると、フェデリコルートのイベント?


 すると、リーダー格のバーバラは長い赤毛を無造作に掻き上げ、マーガレットのもとへと距離を測るようにゆっくり、しかし確実に迫ってきた。

 コツコツと靴音を響かせたバーバラは、マーガレットの眼前で立ち止まると、鋭く射抜くような視線を向け、冷ややかに言い放った。


「ただの見聞ではなく、フェデリコ先生との見聞のお間違いでしょう?」


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