第222話 クレイグと怪しいお茶会
青空は雲ひとつなく快晴。
夏の暑さも幕を閉じ、涼しさを感じるようになった爽やかな秋の休日。
しかし、マーガレットの心はぐるぐると、竜巻のように暴風吹き荒れていた。
ぐるぐるしていたのは頭の中だけではなく、マーガレット自身も屋敷のエントランスを行ったり来たりと弧を描くように回り、落ち着きのない様子である。
そんなマーガレットを重苦しい表情で見つめるのは、よそ行きの礼服に身を包んだクレイグだ。マーガレットとクレイグの二人を見比べながら、ターニャは腹を抱えてクスクスと笑い声を漏らしている。
マーガレットはふと立ち止まると、何かを思い出したようにクレイグへと駆け寄った。
「ハンカチは持った? あ、招待状は?」
「心配しなくても持っています」
胸元のハンカチと内ポケットに入った招待状を、ちらりとマーガレットに覗かせる。確認したマーガレットは安心したように頷くと、また早戻したようにぐるぐると歩き回り始める。
なぜこんなにも、マーガレットは落ち着きがないのか。
実は今日は、クレイグがラウル・アヴァンシーニに招かれたお茶会の日なのである。
現在、マーガレット、クレイグ、ターニャの三人は、エントランスでアヴァンシーニ公爵家からの迎えの馬車を待っているのだが……。
すると、何かを思い出したようにマーガレットは足を止め、クレイグへと視線を向けた。
「あ、ラウル様にお会いしたら、しっかりとお茶会のお礼を述べてね。お土産もお渡しして……それと、きちんと笑顔で言うのよ。なぜかラウル様に対しては、あなたってこれっぽちも愛想が無いのだから」
息継ぎの隙もないほどに、マーガレットは次々と大量の注文を浴びせていく。
口やかましさに辟易したのか、流石のクレイグも大きな溜め息を漏らした。
「……はあ、あなたは僕の母親ですか?」
「正直、今は母親のような気持ちになって心配していると思う」
「たかだか公爵家に招待されただけですよ。寄り道をするように王城に遊びに行くお嬢様と比べたら……」
「何言ってるの。従者個人がよその公爵家に招待されるなんて、前代未聞なんだから!」
そこまで言って、マーガレットは急に顔を強ばらせ、少し言いにくそうに声を落とす。
「だから、何かしらの下心があるかもと……いーい、クレイグ! 何か身の危険を感じたら、大きな声を出して近くのメイドさんに助けを求めるのよっ」
マーガレットが真剣な眼差しで心配を寄せると、クレイグは髪を無造作に掻きむしって抑えきれない苛立ちを爆発させた。
「あー、もう。お願いですから、そういうおかしな妄想は止めてください。お嬢様は何も心配しないで、心穏やかに過ごしていればいいんです」
「うう、だってぇ~」
すると、背後でずっと二人を見守っていたターニャが口を開く。
「まあまあ、マーお嬢様。クレイグがここまで言うんだから、信頼してあげようよ。あたしもこの前のカリーパーティでラウル様にお会いしたけど、悪い人には見えなかったよ。お嬢様とクレイグの話を聞いていても、心配するような人じゃなさそうだし。それにラウル様って、ご婚約者のアンナマリア様のことが大好きなんでしょ?」
「それはもちろん。私だって、ラウル様がアンナマリアに一途なことはわかっているの。でも、だからこそ不思議なのよ。どうして従者のクレイグをお茶会に招いたのか」
そうなのだ。そこが理解できないから、どうにも解せぬのだ。
普段から誰にでも平等に接する生徒会長のラウル様だが、なぜかクレイグには他の生徒の十倍ほど濃密に絡んでくる。
マーガレットが「うーん」と唸って考えを張り巡らせても、どうにも答えは見つからない。
クレイグは口元に薄っすらと笑みを浮かべ、風が吹いたようにさらりと告げた。
「同郷だから、話したいだけですよ」
「んー」
何だろう。このクレイグの漠然とした回答。
何か引っかかるのよね。
あの温厚なアンナマリアも、クレイグには対抗意識を燃やしていたようだし、アンナマリアも何か感じたんじゃないかしら。
クレイグとラウル様って……何か怪しい。
「ねえ、やっぱり私も一緒に」
口をへの字に曲げてねだるマーガレットに、クレイグは困ったように眉を下げて微笑んだ。
「お願いですから、屋敷で良い子にしていてください。お嬢様が来るとややこしくなりますから」
「……アンナマリアも、今日は絶対に訪ねないよう念を押されたらしいの。それって、逆に気になるじゃない」
「気になるからって、付いて来ないでください。招待されたのは僕だけなんですから」
クレイグの頑とした同行拒否にもマーガレットは怯むこともなく、何かと理由を付けて同行を試みる。
ターニャは心の中で拍手していた。
二人で口論すると、いつもマーお嬢様がクレイグに言いくるめられて終わっちゃうのに、今日は手強い。あきらめない。お嬢様、がんばってる。
もしかしたら、クレイグが折れるかもしれないけど、ごめんね。
今日はクレイグの味方をしたい。
だって二人は学園に通ってて、一つ年下のあたしはいつもお留守番だから、ちょっと淋しいんだ。今日は、あたしがお嬢様と一緒にいたいの。
すると、ターニャの腕が背後から伸び、マーガレットを力強く抱きしめた。小さな顔を脇から覗かせ、言い聞かせるように優しく告げる。
「はーい。マーお嬢様はあたしとお留守番してようね」
「だって、ターニャぁ」
「ほら、これ見て。じゃじゃ~ん」
ターニャはどこからともなく『ある雑誌』を取り出すと、マーガレットの眼前に高らかに掲げた。すると、ごねていたマーガレットの目の色が変わる。
「え!? これって、月刊演劇スターライトの最新号じゃない!」
「そう! 今日早起きして、街で買ってきたんだよ。ほら、ここ見て。ブルック様特集!」
「ふぁ!? ほんとだわっ」
「ね、見たいでしょ。だから、あたしたちはこの雑誌を読んで、楽しく待っていよう」
マーガレットの頭の中で、怪しいお茶会とブルック様特集が天秤に掛けられる。
クレイグのことは心配。でもブルック様のご尊顔も拝見したい。
どっちも気になる!
ターニャは「ほらほら~」と囁きながら、ブルックの特集の頁をチラチラッと捲って、マーガレットを誘惑している。
目の前にぶら下がった甘美な飴に勝てるはずもなく、天秤は勢いよく傾いた。
「う、わかった。クレイグ、いってらっしゃい」
マーガレットが決断を下したところで、アヴァンシーニ公爵家からの迎えの馬車が到着したのだった。




