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悪役令嬢マーガレットはままならない~執着王太子様。幽閉も監禁も嫌なので、私は従者と運命の恋を!~【学園編】  作者: 星七美月
第3部 星霜の学園

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第216話 蝶々姫の涙

 絶望に打ちひしがれる妹シャルロッテを一瞥したゼファーは、星屑を瞬かせたような輝かしい微笑みを、愛しい愛しい婚約者に贈った。


「ねえ、マーガレット。シャルはこうなってしまったし、僕と二人で庭を散策しに行こうか?」


 マーガレットが返事を紡ぐよりも先に、シャルロッテは両手をマーガレットの背へと回し、ギュッと抱き寄せると、耳を覆いたくなるような大声で叫び散らした。


「ダメです! マーガレットは、お兄様じゃなくてワタクシに会いにきてくれたのですっ。ですから、今日のマーガレットはワタクシのものなんですッッ!」

「え、ええ。ちょ、ちょっとシャルロッテ!?」


 困惑の色を浮かべるマーガレットを横目に、ゼファーは眉を僅かにひきつらせた。


「シャルロッテ、マーガレットは『私の』婚約者だ。私の可愛い妹は、兄と最愛の婚約者の幸せな時間を奪うというのか……ああっ、なんて性悪で非情な妹に育ってしまったんだろう」


 シャルロッテの強烈な剣幕に負けじと、ゼファーは妹の行動を非難するように、優雅に言葉による攻撃を繰り出す。


 辛辣な言葉が飛び交う中、マーガレットは話に割り込むこともできずに、その光景を静かに見守っていた。


 不思議ね。

 この二人を見ているとどういうわけか、幼い兄妹(けいまい)が玩具を取り合っている姿が浮かんでくる。

 ……まあ、その玩具は私なんだけど。


 兄からの容赦のない言葉に苛立ちを滲ませたシャルロッテは、何かを決意したようにマーガレットの身体から手をほどいた。

 そして、不意に王女らしい気品あふれる優美な笑みを口元に刻むと、両手を前に出し、ゼファーの胸元に狙いを定めてぐいぐいと押し始める。


 シャルロッテの華奢な細腕から繰り出される押しは強烈で、ゼファーはその勢いに抗えず、後方へと下がっていく。


「酷いのはお兄様です。明日からお勉強なんて、できれば直前まで知らないで、のほほんとしていたかったのに。ですから、今日はマーガレットといっぱい遊んで、明日に備えることにしました。ということで、お兄様はワタクシの部屋から出ていってください、ね!」

「あっ。シャルロッ……」


 ―バタンッ。


 シャルロッテは涼しい顔をしたまま、必死に抵抗するゼファーを(てのひら)の圧力だけで部屋から追い払ってしまった。

 流刑に処されたジェンキンス・クラマーもパーティのエスコートの際に押し負けていたし、シャルロッテって、実は相当な怪力なのでは?



 ★☆★☆★



「あら、もうこんな時間。そろそろ、帰るわね」


 ソファに腰掛けていたマーガレットが時計に目をやると、夕方の五の刻(午後五時頃)を過ぎていた。窓の外は、もう夜の帳が落ち始めている。


 お母様にあまり遅くならないようにと言われているし、まだ遊び足りなさそうなシャルロッテには悪いけど、そろそろお暇しなきゃ。


 案の定、シャルロッテはマーガレットを引き留めようと、淡い紫色の瞳を潤ませる。


「ええっ、もう帰ってしまうのですか。もう少し……いいえ、そうだわ。よかったら泊まっていきません? お泊まりパーティしましょう!」

「だめよ、シャルロッテ。明日のお勉強から現実逃避したい気持ちはわかるけど、今日はしっかり寝て明日に備えたほうがいいわ。バルトロ先生の授業で居眠りなんてしたら、地獄を見るわよ」


 マーガレットの軽い脅迫に、シャルロッテの眉は僅かに翳りを帯びていく。

 そして口元に手を添え、囁くようにおずおずと尋ねた。


「そ、そんなに怖い先生なの?」

「んー、私には優しかったけど、不真面目な生徒には『雷撃』の賜物(カリスマ)が飛んでくるって聞いたのよね」

「ら、雷撃ですって!? ……どうしましょう、ワタクシの自慢の髪の毛がくるくるになってしまいますっ」


 最初から『雷撃』の賜物(カリスマ)を受ける前提なのは如何なものかと思うけど、髪が命のシャルロッテにとっては、どうやら効果覿面こうかてきめんだったらしい。


「そうよ。だから、今日はたっぷり睡眠を取って休んだほうがいいわ。じゃないと、髪の毛がくるくるに焦げて……」

「ん、んんーっ。わ、わかりました。ミゲル、ワタクシは夕食を取って早めに就寝することにしたので、準備をお願いします」


「かしこまりましたっ」

 ミゲルは厨房へと急いで駆けて行った。

 それと同時に、マーガレットもソファから立ち上がる。


「じゃあ、私も今度こそお暇するわ。それと、真面目に授業を受けていれば良い先生だから、安心して」

「ええ、そうするわ。ねえ……マーガレット」


 シャルロッテはソファから軽やかに立ち上がると、マーガレットに駆け寄り、優しく包むようにそっと抱きしめた。その抱擁は陽だまりのように温かく、心に平穏を与えるものだった。

 マーガレットの肩に顔を寄せたシャルロッテは、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「お見舞いに来てくれてありがとう。

やっぱり、マーガレットはワタクシの大事なお友達。学園にもワタクシを慕ってくれる方々はいるけれど、マーガレットのように、ワタクシを心から心配してくれるお友達は、あなた以外いないですから」

「シャルロッテ……そんな風に言ってくれるなんて。私にとっても、あなたはかけがえのない大切なお友達よ」


 微笑みを(たた)えながら、マーガレットは愛おしむようにシャルロッテの薄桃色の髪を優しく撫でる。そして、ずっと気にかかっていたことを語り始めた。


「それとね。パーティのパートナーは、平等にしなくてもいいの。あなたは王女だから、誰か一人を特別にしてはいけないと思って、多くの殿方をパートナーにしていたのでしょ?」

「……マーガレット! ええ、その通りです」


 シャルロッテの淡い紫色の瞳は涙で潤んでいるが、その涙の意味は悲しみではなく、喜びの涙だった。あふれ出る歓喜の涙は、シャルロッテの薔薇色の頬を優しく濡らしていく。



 夜会のパートナーを申し出る殿方たちにどう対処すればよいのか、ワタクシは見当もつきませんでした。


 王室教育では、皆に平等に接するようにと学んだのに、平等にパートナーを選ぶと『蝶々姫(ちょうちょうひめ)』と揶揄され、軽薄だと咎められる。


 非難ばかりで嫌気が差したワタクシは、もっと悪い子になってしまおうとジェンキンス・クラマーの口車に乗ってしまった。その結果が、この謹慎。


 同じように妃教育を学んだマーガレットだからこそ、誰にも打ち明けられなかったワタクシのジレンマに気付いてくれた。


 滲む涙を隠すように、シャルロッテはマーガレットの胸に沈んだ。


 ワタクシの大好きな香り。

 子供の頃からマーガレットといると、不思議と落ち着く。

 物心つく前に亡くなってしまったから見当もつかないけど、お母様ってこんな感じなのかもしれない。


 ふふ、ひとつ年下のマーガレットにこんなことを思うなんて……。

 お兄様も、マーガレットにお母様を重ねているのかしら。


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