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悪役令嬢マーガレットはままならない~執着王太子様。幽閉も監禁も嫌なので、私は従者と運命の恋を!~【学園編】  作者: 星七美月
第3部 星霜の学園

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第214話 あなたとダンスを

 静寂に包まれた馬車の中、マーガレットとクレイグは言葉を交わすことなく、ただ沈黙に身を委ねていた。しかし、身を委ねていたのはクレイグだけで、マーガレットはその実、非常に困惑していたのである。


 つい先刻、わだかまりの原因は『嫉妬』であると、マーガレットはその胸に秘めた劣情を告白した。それなのに、その告白を受けたクレイグは俯いたまま、沈黙を貫いているのである。


 ねえ、どうして黙っているの、クレイグ?

 そりゃあ、勝手に焼きもちを焼いて、クレイグに余所余所(よそよそ)しくしてしまったのは私だけど……それにしても、好きな人からの反応が薄いって、こんなに悲しいものなのね。


 石畳を叩く規則的な馬蹄(ばてい)の音とともに淋しさは(つの)りに募り、クレイグにベタ惚れなのだと改めて思い知ったマーガレットは照れ隠しに目を瞑る。


 ううぅ、お願いだから、何か言ってちょうだいっ!


 すると突然、クレイグがふふっと声を漏らした。

 どうやら(もく)していたのではなく、笑いを堪えていたようだ。


 マーガレットが顔を上げると、そこには自信に満ちた眼差しが広がっていた。口元に微かな笑みを灯し、クレイグは強気に言葉を解き放つ。


「それだったら、僕の勝ちですね」

「え」

「僕はお嬢様が誰かと踊るたびに、そういう気持ちになっていましたから。お嬢様が踊ったのは全部で十二人。僕はお嬢様の十二倍、嫉妬心を抱いた。全員の名前を憶えていたのでわかったでしょう? お嬢様の焼きもちなんて、子供の戯れのようにまだまだ可愛らしいものですよ」

「んなっ! そんなことないわ。私のほうがクレイグの何十倍も妬いてっ…………ふふ、変なの」


 先刻まで険悪だったのが噓のように、二人は笑い合った。


 踊った相手に、お互いに嫉妬していたなんて、心配していた自分が馬鹿みたい。

 もうゲームのイベントとか、好感度とか、どうでもよくなっちゃったじゃない。


 その事実に辿り着いただけで、マーガレットは心の荷が下りた気がした。

 胸のつかえが取れたのはクレイグも同様のようで、軽やかに言葉を紡ぐ。


「せっかくですし、踊りませんか?」

「え? でも、馬車の中じゃ」


 クレイグは悪戯な笑みを浮かべると、マーガレットの左手にそっと手を伸ばし、ゆっくりと引き寄せた。導かれるままに腰を上げたマーガレットは、クレイグの膝の上に滑るように腰を下ろし、クレイグの熱い両腕に包み込まれる。

 

 体重のかかった互いの身体はぴたりと密着し、マーガレットの心臓とクレイグの心臓の鼓動が共鳴するように、ひとつに溶け合っていく。


 クレイグはマーガレットの頬に顔を寄せると、蜜のように甘く囁く。


「チークダンスなら、馬車の揺れでそれらしくなるでしょう」

「えぇ!? チークダンスって」


 ―それって、頬を寄せ合って踊るという、あの恋人同士っぽいダンスのこと?


 自らの発言に気恥ずかしさを覚えたクレイグは、動揺を隠すように囁くように語りかける。


「その純白のドレスも、いつもより清純そうに見えて大変似合っています」

「こ、これはアリスのために用意したもので……って、その言い方だと私が清純じゃないみたいじゃない!」

「お嬢様は清純そうには見えません」

「あ、あなたねえ」


 従者の不敬な発言に、流石のマーガレットもクレイグを睨みつけた。

 しかし、その刺さるような視線を堪能するように、クレイグはじっくりと言葉を紡いでいく。


「……どうしたって、お嬢様は人の目を引く華やかな美人でしょう。紫紺のドレスを着たあなたは本当に…………お嬢様の言葉を借りるのならば『きゅん』として、目のやり場に困りました」

「えっ、きゅんって、私に?」


 じゃあ、クレイグがときめいた相手って、私だったってこと?

 何だかそれってすごく……胸の奥が、ざわざわする。

 表情はいつも通りだったけど、クレイグったら目のやり場に困ちゃってたんだ。ふふ。


 マーガレットは湧きあがる笑顔を必死に堪えようと、くちびるをぎゅっと結んだ。しかし、つい頬が緩み、絶妙に頬を引きつらせた滑稽な表情になっている。


 マーガレットの複雑な表情を眺めていたクレイグは、穏やかな笑みをこぼした。

 だが、何かを思い起こしたように苛立ちを込めた低い声音で呟く。


「でも、それは他の男子生徒たちも同じだったようですけど」

「え?」

「まったく。ゼファー殿下には、もう少し学生らしいドレスを贈ってもらいたいものですね」


 クレイグの言葉に、マーガレットは開いた口が塞がらない。

 それってもしかして……。


「待って。目のやり場に困っていた人が沢山いたの?」

「ええ、遠くから見ている生徒たちは、男女関係なくお嬢様を盗み見ていました。ダンスを踊った方々は、踊っている間、目のやり場に困っている方が大半でしたね」

「そう、だったの」


 そっか、全然気付かなかった。

 じゃあ、私、悪目立ちしていたってこと?

 う、ウソでしょう。目立たず騒がずが、学園での目標なのに。

 悪目立ちって、悪役令嬢の領分に入るのかしら。


 マーガレットは脳内で反省会を済ませると、くしゅんと肩を落として静かにクレイグの肩に顔を埋める。

 不意に、クレイグは鋭くも真剣な眼差しでマーガレットを見据えた。そして、抑えきれない苛立ちを滲ませながら、不愉快な事実を告げた。


「それと、マティアスとミルドー侯爵令息は、躊躇(ちゅうちょ)なくお嬢様の胸元を覗いていました。この二人には、これからご注意ください………………以上です」

「わ、わかったわ。気を付ける。でももう終わり? クレイグのお説教が短いなんて、明日は雪でも降るのかしら」

「今日はもういいんです。その純白のドレスで踊ったのは僕だけで、気分がいいので」

「ふぇっ……もうっ、あなたってとんでもない従者ね」

「従者のダンス相手に嫉妬するお嬢様も、とんでもないですよ」

「それは、私の勝手でしょ…………ねえ、クレイグ」


 するとマーガレットは熱を帯びた瞳でクレイグを真っ直ぐに見つめ、そっとその頬に頬を寄せた。伝わる頬の温もりに微かに声を震わせながら、マーガレットはささやかな願いを吐露する。


「しばらくこうしていても、いい?」

「…………あなたが望むのなら、いつまでも」


 二人は屋敷に到着するまで、ひと言も言葉を交わさなかった。

 聴こえていたのは馬車の音と、互いの吐息、そして高鳴る胸の鼓動だけだった。



 ★☆★☆★



 後日。

 シャルロッテは綺麗な身体のまま、事なきを得ていたことが判明した。


蝶々姫(ちょうちょうひめ)』なんてふしだらな呼称の王女ならいいだろうと、ジェンキンス・クレマーは度数の高い酒をグラス一杯、シャルロッテに飲ませたらしい。

 どんな目的で飲ませたかなんて、考えることすら耐え難い。


 シャルロッテはすぐに酔いが回って眠ってしまったが、クラマーの邪悪な感情を読み取ったシャルロッテの賜物(カリスマ)『人格防御』が、鉄拳制裁を食らわせてクラマーを昏倒させた。


 そしてパーティ会場へと逃げ(おお)せたシャルロッテの賜物(カリスマ)は、安全を確認したのち、酔っぱらったシャルロッテと入れ替わったのではないか、という見解で王家と学園は落ち着いたそうだ。



 事件の加害者のジェンキンス・クラマーは、静かに学園を去った。

 ジェンキンス・クラマーの被害にあった女性は、シャルロッテだけではなかった。侯爵家の圧力によって泣き寝入りした女性たちが、両手の指では足りぬほど存在していたのだ。


 しかし命運も尽きたのか、国王の逆鱗に触れたクラマー侯爵家は、召集された被害女性たちの証言により、内々に爵位を剥奪され、平民へと落とされた。

 ジェンキンスに至っては、流刑に処されたと伝え聞いている。


 騒動を起こした張本人のシャルロッテはというと、『二週間の謹慎』と『パーティ参加半年間禁止』を言い渡された。謹慎が解けたあとも、シャルロッテのパートナーは王家が指名した信頼に値する男子限定と決定したようだ。


 シャルロッテの自業自得なのだけど、シャルロッテの嫌がる顔が目に浮かぶ。

 二週間も謹慎じゃ、シャルロッテも淋しいだろうから今度遊びに行かなくちゃね。



 こうして、長い長い新入生歓迎パーティは幕を下ろしたのだった。




お読みいただきありがとうございます。


次の物語は――

謹慎で暇を持て余したシャルロッテのもとを訪れたマーガレット。

すると、どこで嗅ぎつけたのか、ゼファーが現れ……。


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