第213話 嫉妬深いのも程程に
口を滑らせたマーガレットは反射的に口を押えた――が、時すでに遅し。
クレイグは眉間にシワを寄せ、顔を引きつらせて「不可解」と顔に描いたような表情を浮かべ、こちらを睨んでいる。
「今のはどういう意味ですか、お嬢様?」
「…………」
「アリスさんがどうしたのですか……マーガレットお嬢様ッ!?」
次第に強くなるクレイグの口調に、マーガレットは両親に叱られる反抗期の子供のように口を膨らませ、そしてうそぶく。
「な、何でもないったら」
「何でもなくはないでしょう? お嬢様の機嫌が悪いのは、おそらくそこに原因がある。どうか教えてください。僕はあなたが何を考えているのか知りたいんです。マティアスでさえ、何か勘付いているようだったのに……あなたの心が視えないことがすごく辛いんですっっ」
真摯に訴えたクレイグの眼差しは真剣そのもので、その縋るような視線はマーガレットの心を揺さぶって離さなかった。
苦しい胸の内を吐露したクレイグは、深い溜め息とともに項垂れる。
十年間、従者として傍に仕えていたクレイグが初めて見せた弱弱しい姿に、マーガレットの胸は切ないほどに締め付けられていた。
その姿は反則よ。
……………………これではもう、黙っていることなんてできない。
マーガレットはふぅと息を吐くと、クレイグには決して知られたくなかった胸に秘めた劣情をぼそぼそと呟いた。
「あ、あなたがアリスと踊っていたから……」
そこまで口にしたところで、深い悲しみがこみ上げてきたマーガレットは声を詰まらせ、再び静寂が二人を包み込んだ。
アリスと最初に踊った人物は、好感度が急上昇する。
この世界がゲーム通りなら、アリスと結ばれるのはクレイグかもしれない。
アリスには幸せになってほしいけど、でもクレイグは……………………っ。
マーガレットの重い沈黙に耐えかねたクレイグは、頭に思い浮かんだひとつの推測を、確信したように口にした。
「つまり、お嬢様もアリスさんと踊りたかったと腹を立てているのですね?」
「うん……え…………ちが、う」
「何が違うのですか?」
クレイグの思い違いが、皮肉にもマーガレットの乱れた心を静め、冷静さを取り戻させた。
マーガレットは言葉を間違えないように、一語一句、心を込めてゆっくりとクレイグに伝える。
「あなたが、アリスと踊ったのが、嫌だったの」
「だからそうではないですか。アリスさんと踊った僕に、自分もアリスさんと踊りたかったと嫉妬したのでしょ」
「……確かに嫉妬だけど、それはクレイグにじゃなくて、アリスに対してで……」
「アリスさんに対して?」
ようやく勘違いに気が付いたクレイグは眉をひそめると、顎に手を添えて深く考え込んだ。
「私はあなたじゃなくて、その、アリスに……焼きもちを」
言っちゃった。
途端に、マーガレットの頬は沸騰したように熱を帯びていく。
しかし紅潮したマーガレットとは裏腹に、クレイグの顔はなぜか怒りに満ちていく。
「お嬢様だって、アヴェル殿下と楽しそうに踊っていたではないですか」
「それは、私のパートナーを引き受けてくれたのだから踊るわよ」
「……では、次に踊ったカーマン伯爵令息は?」
「カーマン様はいつも挨拶してくださるし、それで」
「では三番目に踊ったヴェルディ子爵令息は?」
「え……同じクラスだし、仲良くしておこうかと」
「……四番目に踊ったミルドー侯爵令息は?」
まるで敏腕記者のような容赦のない質問攻めに、息を切らしたマーガレットは質問を遮るように待ったをかける。
「待って! まさかこれ、踊った人全員続けるの?」
クレイグはマーガレットの問いかけなど届いていないかのようにもう一度、「ミルドー侯爵令息は?」と念を押すように尋ねた。
「え、うーん。適当に」
「……へぇ、では五番目の……」
六番目、七番目と、クレイグはマーガレットが踊った相手の名を、踊った順にスラスラと述べて尋問していく。
そして、十一番目が終わり――
「では、マティアスとあんなに情熱的に踊ったのは、なぜですか?」
「…………」
「お嬢様、答えてください」
クレイグは今もなお、真相を追求する探偵のように真剣な表情でこちらを見据えている。
質問の応酬に疲れ、口をムッと尖らせたマーガレットは、つんとした冷ややかな視線をクレイグに投げかけながら呟いた。
「マティアスの言うとおり、気を引けたのね」
「はい?」
「あれは、あなたの気を引くために、わざと情熱的に踊ったの‼」
「は? 何のために」
何のためって、そんなの決まってるじゃない。
私は……私は…………っ。
「私だって! 私だって……クレイグと踊りたかったんだからっ」
ああ、言っちゃった。
今度こそ、はっきりと言ってしまった。
自分勝手な言い分で焼きもちを焼いて、クレイグにあたり散らす惨めな私を曝け出してしまった。
惨めな感情を覆い隠すように、マーガレットは悄然と項垂れる。
首を垂れたマーガレットは見逃してしまったが、その瞬間、クレイグの表情は歓喜に満ち満ちて、晴れやかに輝いていた。
深く俯いたマーガレットのたおやかな赤毛に触れながら、クレイグは気遣うように優しく撫で始める。
「これまでダンスの練習で、それこそ何千回と踊ってきたではないですか」
クレイグの撫でる指先に心地良さを覚えたマーガレットは、撫でる手を止めないよう、控えめに顔を上げた。
「そうだけど、今日は特別なパーティだったし……アリスと踊るあなたはすごく楽しそうで」
「妬いてしまったと」
「……口に出されると抵抗があるけど、そうです。嫉妬しちゃったの」
「へえ」
クレイグのやんわりと優越感を漂わせるひと言を最後に、車内は静寂に包まれ、車輪の軋む音と地を蹴る馬蹄の音だけが響いていた。




