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悪役令嬢マーガレットはままならない~執着王太子様。幽閉も監禁も嫌なので、私は従者と運命の恋を!~【学園編】  作者: 星七美月
第3部 星霜の学園

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第211話 魔法の言葉

 第三応接室は、学内のその他の応接室とすると簡素であった。

 簡素ではあるが、壁やテーブル、ソファといった家具はすべて白で統一され、簡素さの中にどこか洗練さを感じさせる。


 マーガレットと生徒指導のマルティネス先生は、革張りの白いソファに互いに向き合うように腰を下ろし、言葉を交わしていた。


「以上が、私がダンスホールで見聞きしたものです」


 マーガレットはダンスホールで起きた出来事を、余すことなくマルティネス先生に打ち明けた。

 手元の書類に目を落としつつ、マルティネス先生は口元を少し尖らせながら呟く。


「ふむ。アヴェル殿下がおっしゃっていたことと同じね……なぜジェンキンスさんが第三応接室に倒れていたかはわからない、か」

「クラマー、様からは話は聞けないのですか?」

「気付け薬で目は覚ましたのですけど、言っていることが要領を得ないのです。『化け物』が現れて殴られたとか……意味がわからなくてね、まだ酔っぱらっているのかしら」


『化け物』という言葉が、妙に頭に残ったマーガレットは目を閉じ、静かに考え込んだ。マーガレットの脳裏では『化け物』という言葉が、エコーが掛かったように何度も反芻される。


 ばけもの、ばけもの……シャルロッテと化け物…………あ!


 幼少の記憶の引き出しを引っぱり出したマーガレットは、言葉に詰まるように口元を硬直させた。


「あー、もしかしてそれって……その…………」

「何かわかるの?」

「シャルロッテはこの話を嫌うので、あまり言いたくはないのですが……」

「遠慮しないで。この件の解決の糸口になるのなら、是非あなたの意見を聞かせてほしいわ」


 マルティネス先生の切実な訴えに、マーガレットはくちびるをへの字に曲げ、「うーん」と低く唸った。


 シャルロッテの秘密を勝手に話すようで気が引けるけど、解決するためだから許してね、シャルロッテ。


 マーガレットは顔を上げると、躊躇ためらいながらも重い口を開いた。


「先生は、シャルロッテの賜物(カリスマ)をご存知ですか?」

「ええ、名前なら存じているわ」

「あ、それでしたら話しても問題はないですね。

 シャルロッテの賜物(カリスマ)は『人格防御』といって、シャルロッテに害が及んだ際に発動する賜物(カリスマ)なんです。私も一度見たことがあるのですが、別人のように強くなって危険を回避します」


 過去にシャルロッテとゼファー様が暗殺者に命を狙われた時、賜物(カリスマ)を発動したシャルロッテが、鬼の形相で暗殺者を殲滅していく姿を私は目撃した。

 だから、あるひとつの過程が安易に想像できた。


 クラマーが『化け物』と称したのはおそらく、賜物(カリスマ)を発動させたシャルロッテの姿だろう。

 私が言葉を尽くさずとも察したらしいマルティネス先生は、右手に持っていたペンでこめかみを軽く撫でながら、静かに考えを巡らせる。


「……つまりマーガレットさんの予想では、シャルロッテ殿下の賜物(カリスマ)が身の危険を察知して、ジェンキンスさんを殴って倒したと言いたいのね?」

「はい、おそらく」

「なるほど。それなら、確かに合点がいくわね。参考になりました。ありがとうございます、マーガレットさん」

「いえ、お役に立てたのならよかったです」


 壁時計が時を刻む音が応接室に静かに響く。

 時計の短針は、もうすぐ午前零時を告げようとしていた。

 マルティネス先生は老眼鏡を外して眉間を押さえると、疲れのこもった溜め息を漏らす。


「ふう、遅くなってしまいました。フランツィスカ家にその旨は伝えましたが、ご両親は心配しているでしょうね」

「帰宅したら両親から質問攻めなのは、すでに覚悟しています」

「あらあら、そんなに過保護なのですか? 学生の頃のご両親は別の方向ではありますが、二人ともヤンチャしていましたよ」

「えぇぇっ、二人ともですか!?」


 突如飛び出した両親の話にマーガレットは翡翠の瞳を見開いて、興味津々にマルティネスを見つめた。


 お父様の話は聞いていたけど、お母様もヤンチャ!?

 そ、それは知らなかった。是非話を聞きたいけど……。


 続きを待ち望むマーガレットの期待に満ちた眼差しに、マルティネスは小さく笑みをこぼすと、古い記憶のページを捲るようにゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「ふふ。お父様のセルゲイ様は不良グループのリーダーでね。私と拳で語り合った結果、武道の資質を見出だして軍事貴族の道に進んだの……今思うと、不良グループの仲間たちは、家督を継げない次男や三男ばかり、皆さん将来に不安があったのでしょうね」


 マルティネスはテーブルに書類とペンを置き、遠い昔に思いを馳せるよう目を閉じると、さらに言葉を連ねていく。


「レイティス様はね。第二側妃となられたマルガレタ様とあちこち走り回って、いつも妙な事件に首を突っ込んでいたのですよ。ここだけの話、学園内にファンが沢山いて大変だったのです」


 マーガレットは穏やかな笑みを浮かべていたが、その笑顔の裏では余りの驚愕に頭の処理が追いつかず、困惑していた。


 え、お父様が不良グループのリリ、リーダー!?

 お母様は事件に首を突っ込んでいたですって!!?


 何よ、その物語の主人公みたいな学生時代は!?


 ……でも、何か不思議だわ。


 不意に緊張が解け、顔を緩ませたマーガレットは眉を下げると、マルティネスに苦い笑いを向けた。


「両親の若い頃って、どうしても想像できないものですよね」

「ふふ、そうですね。あなたにとっては最初から親ですものね……そうだ。今日のことで何かお咎めを受けたら、マルティネスに会ったと伝えてごらんなさい。きっと大目に見てもらえますから」

「それは助かります!」


 マルティネスの温かな配慮に、マーガレットは頬を緩ませて満面の笑みで返した。すると、マルティネスは唐突に何かを思い出したように顔を上げ、付け加える。


「あ、でも……マティアスさんとのダンスは素敵でしたけど、あのダンスは学生にはまだ早すぎますよ。あれは成人するまで踊ってはいけません」

「ふふ、そう言っていただけて安心しました。次のパーティからあのダンスを踊るとなると、私が何人いても足りませんもの」

「あら、それもそうね。ふふふ」


 二人は和やかに談笑し、笑い声を響かせた。

 笑い疲れたマルティネス先生は目尻に浮かんだ涙をそっと指で拭くと、穏やかな笑みに言葉を添える。


「マーガレット様のご両親も、人の心を掴んで離さない魅力を持った方々でしたが、あなたも人々を惹きつけるのね。お話していて、やっぱり親子なのだと感じました」

「……そうおっしゃっていただけると、とても嬉しいです」


『親子』という言葉に、マーガレットの胸は熱く波打つ。


 転生して十年。

 もうすっかりマーガレットだけど、それでもマーガレットの立ち位置に私が居ていいのかと、不安を覚える時もある。

 だから、両親に似ていると言ってもらえたことは、親子と、マーガレット・フランツィスカと認めてもらえたようで、心に刺さっていた棘がはらりとほどけたような、そんな気がした。


 その言葉はまるで、暗闇を越えた先に差し込んだ日の出のように、不安を吹き飛ばす魔法の言葉だった。


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