第21話 クレイグの過去
部屋の中を探索していくつか分かったことがある。
部屋には数えきれないほどの檻があり、その檻の中には鳥やウサギなどの小動物から、前世のゲームや小説、漫画でしか見たことのないような珍しい生き物が入っていた。生き物たちは檻から出してほしそうにこちらに視線を送っている。
私たちもこの動物たちと同じ籠の鳥だ。出たくても出られない……。
ふと、マーガレットは羽を広げてこちらに愛嬌をふりまく鳥に目がとまった。
その可愛らしさにほだされたマーガレットが檻に手を伸ばそうとすると、野生の動物は危険だから触れないようにとクレイグが注意した。
マーガレットはしぶしぶ手を引っ込める。
その瞬間――愛嬌をふりまいていた鳥はクチバシから無数の鋭い牙を剝き出しにして、マーガレットの指めがけて牙をむく。
ひぇ……私の指ある、わよね。
あの時も、クレイグの注意を素直に聞いて教会に行かずに帰っておけばよかったのかな……「後悔先に立たず」とはこのことだわ。
マーガレットが天を仰ぐと、格子のついた窓から白く輝く満月がこちらを覗いていた。この窓はマーガレットとクレイグの身長を足しても決して届かない高さにあり、さらに窓の下には大きくて狂暴そうな動物たちの檻もあって近付くこともできそうにない。
教会でハッピーエンドになるようにお祈りしたばっかりなのに、こんなにピンチなんて先が思いやられる。
一人も欠けることなくハッピーエンドどころか、もう私が欠けそうだもの!
月を見上げたまま嘆いたマーガレットに気付いたクレイグは心配そうに尋ねた。
「どうしたんですか、お嬢様」
「あ、いや……女神様にお祈りしたことが裏目にでちゃったかなぁーって」
その言葉はマーガレットにとって軽い反省の言葉だったが、それを聞いたクレイグの表情は急激にこわばった。
「……お嬢様。この話は一度しかするつもりはありません」
「え、なぁに?」
「……僕に身寄りがないのは、家族も……みんな、村の皆も全員……アイツらのような賊に殺されてしまったから、です」
「……え」
「皆殺されてしまったんです。死に損ないの僕以外を残して……今も目を閉じるとアイツらの笑い声とつんざくような皆の悲鳴が聞こえてきます。その時僕は知りました。神に祈ったところで望むような結果はでない。余計に虚しいだけだと」
「…………」
いつもよりも低く、か細く、いつも以上に感情のないクレイグの声にマーガレットは黙って耳を傾けている。
「だから神様なんて信じてはいけません。神頼みなんてもってのほかです。自分でどうにかしなきゃ、意味がない」
クレイグの真紅の瞳が悲しそうに揺れている。
六歳で神様なんていないという境地に行き着いたクレイグは、マーガレットの想像の何倍も上をいく悲惨な想いをしたのだろう。
――それこそ神を憎むほどに。
だからクレイグは、聖セティア教会でもファビオラーデ様の石像に祈らなかったんだ。なのに、何も知らなかったとはいえ私は――クレイグの前で「女神様、女神様」って何度も言って……その度に、クレイグは家族が亡くなった日のことを思い出してしまったんじゃ。
「あまり深く考えないでください。お嬢様には僕のことを知ってほしかったので、勝手ながら話しただけですから」
「で、でもっ」
―――その時。
「ンニャァァぁぁぁ―――――ん」
と悲壮感漂う雰囲気を打ち破る、気の抜けた猫の鳴き声がどこからか聞こえてきた。二人は鳴き声のした方へと目をやるが、そこには檻に入った珍しい鳥しか見当たらない。
あれ、どこ?
「にゃァ、にゃおぉぉ~~~~ん」
また聞こえる。
鳴き声のする方へと耳を頼りに進むと、二人は白い布が被せてある何かの前にたどり着いた。二人は目配せをすると、白い布を勢いよく引いた。
――バサッ。
白い布の下には他の動物たちの檻よりも頑丈な造りの檻があった。二人が檻の中を覗くと、中には雪のように白い毛並みの、美しいエメラルドグリーンの瞳の仔猫がこちらを見つめていた。
「にゃあにゃあ、みゃおん♪」
仔猫はクリクリとしたエメラルドグリーンの瞳を潤ませながら、お尻を振ったり尻尾をピョコピョコ動かしたり、愛嬌たっぷりに鳴いて盛んに可愛さをアピールしている。
「かっ、かわいい…………ねぇ、クレイグ。この猫ちゃん、出してあげてもいいかしら?」
先ほど鳥に指を食べられかけたというのに、マーガレットは性懲りもなく仔猫を檻から開放しようというらしい。
しかし、注意すると思われたクレイグは少し悩んでから。
「…………しょうがないですね」
仔猫の可愛らしい姿にマーガレットだけでなく、警戒心のあったクレイグまでが魅了されてしまったようだ。
許可をもらったマーガレットは早速檻の扉を探し始めた。
しかし、それらしいものはどこにも見当たらず、マーガレットは首を傾げる。
この檻、どうやって開けるのだろう。
気になるのは檻の側面に刻まれた読めない文字と、埋め込まれている濁った赤い宝石だ。勉強したおかげで、ひととおりの文字は読めるようになったと思っていたんだけど……。
「クレイグ、この文字は何て読むの?」
「それが、僕にもさっぱりわかりません。僕らが普段使うローゼン文字とは違う文字だと思います。この文字がこの檻を開ける呪文なのかもしれませんね」
「開ける呪文、ね…………あっ!」
「何か思いつきましたか⁉」
「こういう時は……ひらけぇぇ――ゴマッ!」
「……え?」
檻に変化はない。
しーんとした部屋に拍子抜けしたクレイグの声が悲しく響き渡った。
「え、だめ? じゃあー、オープンセサミっ!」
しーん。やはり変化はない。
「そんなおかしな呪文で開くわけないじゃないですか。ゴマがどうしたんですか、まったく」
自信ありげなマーガレットに期待してしまったクレイグは、残念そうにため息を吐いた。
「開けゴマ」といえば、悪い奴に閉じ込められたら言いたくなる呪文でしょと、前世のあるある常識を言うに言えないマーガレットは口を尖らせながら、はめ込まれた赤い宝石を右手の人差し指でちょんと軽く押す。
すると、檻の一部が最初からなかったかのようにフッっと消え、気付いた仔猫はマーガレットの胸に勢いよく飛び込んだ。