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第20話 暗い部屋

「ふむ、金をいただいたら返してやろうと思っていたが、金だけかっぱらってどっかに売ってやるのも悪くねぇ。嬢ちゃんみたいなきれいなガキは高く売れるからな。奴隷商よりも少女好きの変態貴族に売るのがよさそうか、ククク」


 マーガレットには何が「よさそう」なのかさっぱり理解できず、身体が芯から冷たくなっていくのを感じる。

 今ほど軍事貴族(ぐんじきぞく)の娘に転生したことを恨んだことはない。このままだとこいつらの至福のために売られるのは確定だろう。


 マーガレットは視界に入ったクレイグを盗み見る。クレイグはさっきよりも鋭い眼光でダレンを睨んでいた。


 私のために怒ってくれているのね。ありがとうクレイグ。

 そして私のせいでこんな目に合わせて本当にごめんなさい。絶対にあなただけは助けてみせるから。


 覚悟を決めたマーガレットはこぶしを握り、嫌味たっぷりに口を開く。



「あなたの言っていることはさっぱり分からないわ。それにこんなお酒とカビ臭いところにいつまでいないといけないの? 私はフランツィスカの令嬢なのだから、もっと広くて清潔な部屋を用意してちょうだい……あ、こっちのクレイグは孤児の従者だからこのままでかまわないから」

「……お、じょうさま?」

「クレイグ、あなたとはここでサヨナラね」


 クレイグの絶望の視線を痛いほど感じたが、マーガレットは従者など眼中にないように悪役令嬢らしく精一杯ふるまった。


 ごめんなさい、クレイグ。


「お、仲間割れかよ」

「可哀想に」

「ボウズ、見捨てられちまったなァ」


 誘拐犯たちから同情のこもった嘲笑が飛び交う。

 この流れならクレイグだけは解放されるかもしれない。

 しかし、そんな希望もダレンの一言によって打ち砕かれる。


「ギャハハハハ、馬鹿言っちゃいけねぇよ。そのガキが孤児だろうが何だろうが金の足しになるなら売ってやる!」

「っ!!?」

「嬢ちゃんがそのガキを(かば)ってんのは見え見えなんだよ。従者を逃がそうとする精神は、ガキでも流石(さすが)のお貴族様ってか……っけ、イラつくな。おいムートン。そいつらとっとと倉庫に連れてけ。デニスはさっさとフランツィスカに連絡とってこい!」

「「へい」」





 手足を縛られたマーガレットとクレイグは、図体の大きなムートンと呼ばれた男にヒョイと軽々持ち上げられ、廊下へと出た。

 ムートンは今いた部屋からふたつ隣の部屋の、物々しい石扉の前で立ち止まり、二人を下ろすと扉を両手で開け始めた。大きなムートンが力を込めるほどとても重い扉だ。


 グィギギギキィィ―――――ッ。


 扉の軋む大きな音が廊下に鳴り響く。


 すごい音。建付け悪すぎでしょ。


「おいムートンッ。うっせえゾ!」

「す、すんません」


 扉の音は奴らのいる部屋にも丸聞こえのようだ。ムートンは、縛られたマーガレットとクレイグを下ろすと深いため息をこぼした。


「はぁ~、さて……お前らはこの部屋に入ってるッスよ。他にも仲間がいるから寂しくないッス」


 キ――――ギキキキキッ。バダンッ。




 扉が閉まると、部屋の中は窓から差し込む月明かりを頼りにしないと見えないほどの暗闇に包まれていた。ツンとするカビ臭さと獣のような臭いが立ち込めている。


 気になったのはムートンの「()()()()()()()()」という言葉。

 部屋のあちこちから、カタカタと動き回る音や動物っぽい鳴き声、激しい息遣いまでも聞こえてくる。


 この暗闇の中に何がいるの?

 調べようにも手も足も縄で縛られていて身動きが取れない。こうなったのも、私が子供の頃のユーリ君を見たいなんて欲を出したせいだ。止めてくれたクレイグまで巻き込んで……。


 そのことを思うと後悔の念しか出てこず、マーガレットは涙ぐむ。


「クレイグごめんなさい。あなたの言うとおりだった。あの時、クレイグに止められた時に引き返していればこんなひどいことにならなかったのに……本当にごめんなさい」


 マーガレットは声を震わせて心からクレイグに謝罪した。マーガレットの身体は月明かりでもわかるほど小刻みに震えている。


 正直なところ、クレイグはこの、いつ殺されてもおかしくない悲惨な状況をマーガレットのせいだと少しも思わなかったわけではない。ただそれ以上にマーガレットの暴走を止められなかった自分に責任があると、クレイグは数刻前の自分に腹を立てていた。

 

 決してお嬢様のことを恨めしくなんて思ってはいない。

 お嬢様はさっき奴らにわざと強がって、憎まれ役を買ってでも僕を逃がそうとしてくれた。これじゃ、従者の僕が……お嬢様の騎士になりたい僕のほうが守られてしまっているじゃないか。お嬢様を守ろうと心に誓ったはずなのに、なんて格好悪いのだろう。

 今度こそ――次は僕が守る番だ。


「……今さら後悔したってもう遅いですよ。それに、お嬢様はさっき教会に行ってよかったと言っていたではないですか。だったら、行ってよかったとなるように二人でどうにかしましょう。幸運なことにあいつらは僕らを子供だと思って舐めているようですし」


 そう言うと、クレイグは手首を縛っていた縄を手品のようにスルリと(ほど)く。


「え……えぇぇぇっ⁉」

「しーっ、お嬢様お静かに。気付かれます」

「あ、ごめんなさい。でも何で縄が解けたの?」

「簡単ですよ、奴らが縄で縛った時に(ひじ)をこうしておけば、縄にたゆみができて抜けやすくなるんです。知らない奴でよかった」


 クレイグはマーガレットに両肘を広げた姿を見せた。


「おおお~、クレイグって何か……名探偵みたいね!」

「名探偵、ですか? なぜ? ……まぁ誉め言葉と受け取っておきましょう。さあ、お嬢様。手を」

「あ、お願い」



 マーガレットとクレイグは自由になった手足で、部屋の中をくまなく探索し始めた。


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