第194話 微妙な三角関係
「あら、三人とも仲がよろしいのですね」
その時だった。
鳥のさえずりのような柔らかな女性の声が、マーガレットたちの耳に届いた。
その声の持ち主は、長い薄桃色の髪を風にそよがせ、王女らしく上品に笑うシャルロッテだった。背には、従者のミゲルと二人の護衛騎士を引き連れている。
「あら、シャルロッテ」
「ごきげんよう、マーガレット。お二人も、ごきげんよう」
「「シャルロッテ殿下、ごきげんよう」」
第三王女シャルロッテからの挨拶に、アンナマリアとアリスは即座に反応して、頭を垂れ、最上位の礼である儀礼で応える。
こういう皆の反応を見ると、シャルロッテが王女様だということを思い出さざるを得ない。子供の頃からあーだこーだ言い合って慣れてしまった私からすると、とても不思議な光景である。
ふと、シャルロッテがこちらに目配せをしていることに、マーガレットは気が付いた。
あ、そっか。アンナマリアとは初対面なんだわ。
マーガレットは口元に微笑みを浮かべながら、さりげなく紹介した。
「シャルロッテ、こちらはアンナマリア・カレドニヒ伯爵令嬢様です」
にこやかな笑みを湛えたシャルロッテは、王家の血筋を思わせる気品あふれる声で語り始める。その王女たる優美な佇まいに、周囲にいた者たちは魅了されたように目を向けた。
「アンナマリア様、初めまして。こうしてお会いするのは初めてですね。カレドニヒ領は北の地域ですから、これから寒くなるのでしょう?」
「は、はい。あと一か月ほどしたら、カレドニヒ領のアラクネ山も雪化粧し始めると思います。シャルロッテ殿下、ご配慮に感謝いたします」
おお、社交辞令の苦手なシャルロッテが、王族っぽい気の利いた会話を繰り広げている!? すごいわ。昔は従者のミゲルに、一言一句耳打ちしてもらっていたのに成長したのね。
今も王女様らしく高貴に笑って……笑って…………ん、笑って、いるだけ?
シャルロッテは微笑んでいるだけで、ひと言も発しなかった。
会話相手のアンナマリアはどうして良いかわからず、不安そうに周囲を見回している。体格の良い護衛騎士も背後に二人控えているし、威嚇しているように見えるのかもしれない。
シャルロッテったら、カレドニヒ領については下調べをしていたみたいだけど、王族としての会話の後のことを考えていなかったわね。
まあ、初対面の方とお話しするのが難しいのは、理解できるのだけど。
そこに颯爽と手を差し伸べたのは――
「これはシャルロッテ王女殿下。アヴァンシーニへようこそ」
アンナマリアの震える指先を握り、堂々とした声音で歓迎したのは婚約者のラウルだ。不安げな面持ちのアンナマリアに視線を送ると、ラウルは包み込むように優しく微笑み、自然と腕を組む形に持っていく。
見知った顔の登場に安堵したのはシャルロッテも同じようで、仕切り直したシャルロッテは王女らしく振る舞った。
「ラウル様。本日はお招き頂き感謝いたします。カリーパーティだったかしら? とても楽しみにしていますわ。都合のつかなかった兄の分まで楽しむつもりです」
「ゼファー殿下がいらっしゃらなかったのは誠に残念でした。我がアヴァンシーニのシェフが、腕に縒りを掛けて作ったアデニ・アラビカ公国のカリーを是非ご堪能ください……それと、私の婚約者のアンナマリアとは挨拶は?」
にこやかに談笑していたはずのラウルは、不意に真剣な眼差しを向けた。視線を受けたシャルロッテは不思議に思いつつも、アンナマリアに微笑みかける。
「はい、先ほどマーガレットから紹介して頂きました。とても可愛らしい方ですね」
「あ、ありがとう存じます。シャルロッテ殿下」
アンナマリアの声はか細く震え、言葉は途切れがちだったが、敬意を込めて頭を下げている。その姿勢は少々ぎこちないが、無理もない。
ラウルの父親であるアヴァンシーニ閣下は、アンナマリアと婚約破棄させて、ラウルとシャルロッテを婚約させたがっている。
それを知っているラウルとアンナマリアの表情は、どことなく硬い。
ラウルもアンナマリアと寄り添って、シャルロッテに婚約者との親密さをアピールしているのではないだろうか。
何も知らないシャルロッテは、怪訝そうに首を傾げている。
――先日の学園での出来事である。
マーガレットはシャルロッテと会話した際に、ラウルについてどう思うか、さりげなく尋ねてみた。
『ラウル様? うーん、昔からですけど、堂々とし過ぎていてワタクシは苦手だわ。だって、ワタクシの自信が無くなるのですもの』
だから、なんとなくだけど、アヴァンシーニ閣下がどんなに画策しようとも、その婚約話はシャルロッテが嫌がって流れちゃいそうな気がするのよね。
王家と公爵家なら、王家の意見が優先されるでしょうし……ラウル様がフラれたみたいになってしまったのは、不可抗力ということにしておこう。
「ん……もうこんな時間か」
ラウルが時計に目を向けると、時刻は正午まで三十分を切っていた。
深く息を吸ったラウルは、堂々とした声で一同の注目を集めるように口を開いた。
「皆さん。立ち話もなんですし、カリーパーティの会場へとご案内いたしましょう」
念願のカリーへの心躍る思いを胸に、マーガレットはラウルの先導のもと、会場である温室へと向かった。




