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第189話 優しく響くその声に

 生徒会の扉が閉まると、クレイグは深い溜め息を吐いて肩を落とした。

 クレイグの憔悴した様子を横目で窺いながら、マーガレットは言い聞かせるように静かに呟いた。


「ラウル様に気に入られたのは栄誉なことなのだから、邪険にしては駄目よ」

「……はい」

「もちろん、ラウル様が権力を使って、あなたに何かしようものなら私が」

「お嬢様、妙な想像をするのはやめてください! 失礼しますっ」

「え……あ、ちょっと」


 苛立ちに眉間にシワを刻んだクレイグは、まるで急ぐ理由でもあるかのように一目散に歩き出した。


 クレイグったら、どうしたのかしら?

 主人の後ろに控えているべき従者が、主人の前を歩くなんて……こんなこと今まで一度もなかったのに。


 でも、どうしてだろう。

 いつもの大人びた冷静なクレイグよりも、年相応な感じがして私は好き、かも。


 知らず知らずのうちに顔を綻ばせたマーガレットはクレイグに追いつくと、並んで一緒に歩み出した。

 マーガレットの嬉々とした眼差しに気付いたクレイグは、冷たく取り澄ました表情から陽だまりのような柔らかな笑顔へと、溶けるように変わっていた。


 ★


 生徒会の入る建物を抜け、カフェテラスの覗く広場へとたどり着いた頃。

 不意に、小鳥のさえずりのような可憐な女性の声が背中に響いた。


「マーガレット・フランツィスカ様!」


 その愛らしい声が耳を掠めた瞬間、マーガレットの胸に微かなざわめきが走った。前世の遠い記憶の断片が、みるみるうちに甦っていく。


 ああ、この声を私は知っている。

 この空気に響く鈴を鳴らしたような凛とした声は……生徒会室で話題にも上がったラウル様の婚約者の、アンナマリア・カレドニヒ様。


 子供の頃にアニメで聴いた声そのままだわ。

 ああ女神様、ありがとうございます。

 この御声を、まさか生で聞くことができるだなんて!


 合掌して拝むマーガレットの奇妙な様子に気が付いたクレイグは、眉間にシワを寄せながら心配そうにマーガレットの顔を覗き込んだ。

「お嬢様。顔が赤いですが、大丈夫ですか!?」


「……大丈夫ですの、マーガレット様?」

 近付いてきたアンナマリアも心配そうにこちらを窺った。

 ミルクティ色の優しい髪色に、頭に結われた二つの小さなお団子が猫の耳のように愛らしく、長い髪が風に優しくそよいでいる。


「え、ええ。大丈夫ですわ……ちょっと興奮して息をするのも忘れてしまったみたい」

 気品ある笑顔を浮かべたマーガレットだったが、脳内はお祭り騒ぎの大混乱だった。


 ぎゃぁぁぁ――ッ‼

 (じか)よ、直で大好きなアンナマリアの声が私の鼓膜に響いてる!

 本当は大声でこの喜びを叫びたかったけど、そんなことをしたら初対面のアンナマリアに変人と思われて嫌われてしまうわ。

 ここは、是が非でも素敵な公爵令嬢マーガレットでいなきゃ。


 マーガレットは公爵令嬢の仮面を被り、うわずりそうな声を抑えて上品に礼をした。


「アンナマリア様、はじめまして。偶然ですわね。先ほどラウル様からも、私とアンナマリア様はお友達になれるかもと、太鼓判を押していただいたところなのです」

「ラウル様がそのような事を……」


 アンナマリアは不安げに眉を寄せて、薄っすらと表情を(かげ)らせる。その様子を一瞥したマーガレットは軽く首を傾げた。


「アンナマリア様?」

「あの、マーガレット様。どうか、どうかラウル様と私を『婚約破棄』させないで下さいませ‼」

「……え?」


 意を決して言い放ったであろうアンナマリアの震える言葉が、マーガレットには理解できなかった。


 ラウルとアンナマリアを、私が婚約破棄させる? どういうこと?


 アンナマリアの瞳は潤み、涙がこぼれ落ちそうなほど溢れていた。


 とりあえず、アンナマリアがラウル様のことで何か悩んでいるのは理解したわ。アンナマリアから話を聞くには、とにかく心を静めて安心させないと。


 周囲を見渡したマーガレットは、カフェテラスから少し離れた人気(ひとけ)のない木々に目を留めた。

 アンナマリアの肩にそっと手を置いたマーガレットは、安心させるように微笑みかける。そしてクレイグに目配せすると、落ち着いた口調で告げた。


「クレイグ。ちょっと疲れたみたいだから、私はあの木陰でアンナマリア様と休憩することにするわ」

「……はい。では、すぐに敷物を取ってきますのでお待ちください」

「ええ、ありがとう」


 二人に一礼すると、クレイグは足早に駆けていった。

 マーガレットとクレイグの息の合ったやりとりに付いていけず、アンナマリアは落ち着かない様子でマーガレットを覗き込んだ。


「あ、あの……」

「アンナマリア様、そこの木の下でゆっくりお話ししましょう。あの場所でしたら、友人が二人で談笑しているように見えますわ。だからそんなに思い詰めた顔をなさらないで」


 マーガレットが気遣うように優しい笑顔を向けると、アンナマリアの心も僅かに穏やかさを取り戻した。しかしすぐに目を伏せたアンナマリアは、申し訳なさそうにくちびるを震わせる。


「あ……ありがとうごさいます。私のような、侍女も従者も付いていない田舎貴族を気遣ってくださって」

「どうしてそんなことを仰るのです? 私たちはローゼンブルク王国出身同士。そこに都会も田舎もありません……それに、侍女がいないこともきちんと自立していて格好良いですわよ」


 マーガレットの型破りな発言は、アンナマリアの荒んだ心をほぐすには十分だった。おかげで涙も乾き、アンナマリアの顔には穏やかな笑みが広がっていく。


「マーガレット様はとてもお優しいのですね。私の住む北東のカレドニヒ領でも、次期王太子妃のマーガレット様は、お優しくってお美しい方だと聞き及んでいましたわ……マーガレット様と比べて、私なんてラウル様にご迷惑をかけてばかりで」


 アンナマリアのカレドニヒ伯爵領は北東に位置しているため、冬は寒く土地は痩せていて、作物を育てることすら難しいと聞く。

 そのため、カレドニヒ領は常に赤字に悩まされている。


 それでも、ゲームでは侍女が一人付いていたと思うけど……それにアンナマリアって、ここまで自己肯定感の低い性格だったかしら。


 一体どうしたというのだろう?


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