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第188話 マーガレット、嫉妬する

「クレイグ。茶会の日取りについては後日伝えるから、絶対に参加しろ。絶対だからな!」


 これまでの精悍なイメージを覆すほど、ラウルは興奮を抑えきれない様子で少年のようにクレイグに捲し立てている。

 一方、クレイグは眉間にシワを刻み、渋々とした様子で頷いた。口元には隠しきれない苛立ちが滲んでいる。


 二人の奇妙なやり取りを眺めながら、マーガレットは小さく首を傾げた。


 どうしてラウル様はクレイグをお茶会に誘ったのかしら。

 クレイグの淹れた紅茶が気に入った、とか?

 でも、公爵令息が他家の従者を茶会に招待だなんて…………ま、まさか!?


「いかがわしいことをお考えでは!?」

「だから違うと言っている!」


 最後まで言わせぬとばかりに、ラウルは断固とした口調で会話を断ち切った。

 毅然とした態度には、絶対的な否定の意志が宿っている。


 そういうことでないのなら、他に何があるのだろう。

 普通に従者として気に入ったとか?


 クレイグとラウルの間から、マーガレットはそこはかとない親密さを感じていた。それはマーガレットの心の奥を搔き乱し、不安を増長させていく。


「クレイグのことをお気に召したのはわかりますが」

「違う」


 ラウルの鋭い否定に、頬を膨らませたマーガレットは感情を抑えきれずに反撃を繰り出す。


「従者の引き抜きはダメですっ。いくらラウル様が引き抜きたいと仰っても、クレイグは……クレイグは『私の』ですからッ!」


「ちょ」

 生徒会長室に入室して以来、終始黙り込んでいたクレイグの唇から、ふと小さな声が漏れる。その呟きを、ラウルは決して見逃さなかった。


 つい先刻まで氷のような冷静さを保っていたクレイグは、眉をひそめて何か言いたげな視線をマーガレットに向けている。

 もちろん、マーガレットもクレイグの鋭い眼差しには気が付いていて――


 あれっ?

 私いま、嫉妬に駆られて、子供っぽく恥ずかしいことを口走ってしまったのでは……や、やっちゃった!?


 途端にマーガレットの頬はボッと燃えるように熱を帯びた。頬を染める熱は、マーガレットの秘めた感情を暴くように赤く染めあげていく。

 赤く染まった頬をマーガレットは手で覆ったが、時すでに遅し。その顔にラウルは吹き出し、破顔した。


「ブフッ、自分で言って恥ずかしがるな」

「す、すみません……」

「謝る必要はない。寧ろこちらとしても、なかなか稀有なものを見させてもらった」


 くちびるの端に不敵な笑みを刻んだラウルは、さりげなくクレイグを盗み見る。

 クレイグの表情は、すでに普段の冷静さを取り戻していた。

 その整った顔に、一切の心の揺らぎは残っていなかった。


 マーガレットは頬の熱を冷ますように手を当てながら、恥じらいを含んだ微笑みをそっと投げかける。


「楽しんで頂けたのなら何よりです」

「プッ、やめろ。これ以上笑わせるな…………マーガレット嬢は、ウワサで耳にした話とは随分と印象が違うのだな。ウワサでは、ゼファー王太子殿下に寄り添う(しと)やかな令嬢だと」

「……パーティなどの公の場では、基本的に『無の心』を装っておりますので」


 ゼファー様の要望で、公の場で男性と会話を交わすことを禁じられている私にとって、微笑むことくらいしかすることがないと打ち明けたなら、ラウル様はどんな顔をするかしら。


 途端に、まとっていた熱が引いていくのを感じる。王太子の婚約者という名目が、初めて役に立ったかもしれない。



 ラウルは紅茶の最後のひと口を飲み干すと、マーガレットに向けてニヤリと笑った。


「まあ、何だ。俺とマーガレット嬢は互いに公爵家。仲良くして損はないだろう。ついてはまず、君をカリーパーティに招待しようじゃないか。女性の友人を誘ってくるといい。俺の安全のためにも、是非な」


 ラウルの口角がそっと持ち上がり、高貴な風格を帯びた微笑みが広がった。その微笑みは自信と余裕に満ちていて、揺るぎない威厳に満ちていた。


『カリー』という言葉が耳に入ったマーガレットは、まるで恋人に思いを寄せるように、そっとカリーの幻に思いを馳せる。


「ああ、ついにカレー、いえカリーが食べられるのですね。嬉しいです」

「そんなに食べたかったのか?」

「ええ、禁断症状がでるくらいには」

「その言い方だと一度は食べたことがあることになるが、ローゼンブルクにはない食べ物なのだろう?」


 ラウルの鋭い指摘に、マーガレットは思わず目を泳がせる。ラウルの視線は、マーガレットの真意を探るように心の内に切り込んでくる。

 マーガレットは、まるで台詞を読み上げるように単調に うわずった声で返した。


「え、ああ、そうですわねー。味は、記憶で知っているといいますかー」

「……どういう意味だ?」


 前世で食べた記憶がばっちり残っているから食べたいだなんて、言っても信じないだろうし。


「子供の頃。ほ、本で読んで……想像してですね、美味しいと思ってしまったのです」

「そんな器用なこともできるのか。ふふ、やはり面白いな……」


 ある人物を思い浮かべたラウルは眉間に薄っすらとシワを寄せ、真剣な表情でマーガレットを見据えた。


「マーガレット嬢、俺の婚約者のアンナマリア・カレドニヒ嬢も今年入学したのだが、機会があったら是非仲良くしてやってほしい。アンナマリアも少々変わっているので、君となら打ち解けるかもしれない」


「あ、アンナマリアっ! ……さま。それはもちろんですっ」

「……ああ。フフ」


 畳み掛けるように応じたマーガレットに、ラウルはつい笑みをこぼした。その反応からしくじりに気が付いたマーガレットは眉をハの字に寄せ、顔をしかめた。


 しまった! アンナマリアと聞いて、つい前のめりに返事をしてしまった。

 アンナマリアは、『恋ラバ』で私が一番好きな声優さんが演じている人物だ。

 子供の頃見ていたアニメの主人公の声で、その声を聞くだけでとにかく元気がでるのよね。


 でも、そっか。同級生なのよね。

 クラスが別で、まだ一度もお目に掛かっていないけど、婚約者のラウル様から頼まれたのだし、もうすぐ会える予感!


 と感極まっていたら、クレイグが背後から囁くように声をかける。


「お嬢様、そろそろお暇したほうが宜しいかと。先ほどから生徒会の皆様が、生徒会長に相談があるような素振りをしておいでです」

「っ! そうね。ラウル様、お忙しい中お時間を取って頂きありがとうございました」

「ああ、こちらとしても良い収穫があった……そうだ、カリーパーティにはそちらの従者、クレイグも必ず同行させてくれ」


「え゛」


 怪訝そうに顔を歪めるクレイグを連れたマーガレットは、勢揃いした生徒会役員に見送られ、生徒会室を後にした。


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