第186話 生徒会探訪
生徒会室の重厚な扉が、軋む音を立てゆっくりと開かれる――
応対した生徒会役員の男子生徒は、マーガレットを視界に捉えるなり目を丸くして驚いた面持ちをした。だがラウルに用があると伝えると、奥の生徒会長室へとすぐに話を通してくれた。
男子生徒に導かれ、マーガレットとクレイグは生徒会長室へと足を踏み入れる。そこは学校の一室とは思えぬ荘厳な雰囲気の部屋だった。
奥には生徒会長用の豪華な書斎机が鎮座し、部屋の中心には豪華な大理石のテーブルに真紅の革張りのソファーがあり、まるでどこかの高位貴族の書斎のような気品を放っていた。
その大理石のテーブルでは、ラウルと男子生徒二人、そして女生徒一人が真剣に打ち合わせを行っている。
ラウル以外の三人は、マーガレットの登場に驚きを隠せず仕事の手を止めたが、ラウルは特に驚くこともなく、生徒会の仕事をこなす傍らにこちらを迎え入れる。
「マーガレット嬢、今は少々立て込んでいてな。すまないが、あと十五分ほど待っていてくれないか?」
約束もせずに突然訪問したマーガレットにとって、十五分などまばたきをするほどの短い時間だ。マーガレットはコクリと頷くと、了承の笑顔を向ける。
「はい、もちろんです。私の話は個人的な相談ですので、お気になさらず」
マーガレットとクレイグは男子生徒の案内に従い、隣接する控室にて静かに待機することとなった。
案内してくれた男子生徒にお茶の支度をしてもいいかと尋ねたクレイグは、生徒会室に備えられた小さな台所でお茶を入れる準備に取り掛かる。
「会長。花飾りなのですが生産地で事故があったらしく、白が足りないと連絡がありました」
「ふむ。それなら、近い色のパステルカラーで代用を頼め」
「会長。それが予定していた楽団で食中毒があったらしく、欠員が出てしまうとのことなのですが」
「すぐにどこのパートなのか調べろ。至急別の楽団と連絡を取って楽団に合流させる!」
「はい」
聞き耳を立てたつもりはないが、会話の内容から来週の新入生歓迎パーティの件だとマーガレットは見当がついた。
次々と押し寄せる問題にすぐに対処して、聞きしに勝る生徒会長ぶりだわ。
クレイグの淹れたお茶を上品に飲みながら、マーガレットがラウルの手腕に感心している間に、生徒会の仕事も目途が立ったようだ。
歓迎パーティの問題の解決策も見え、肩の荷が下りた生徒会役員たちの安堵の空気がこちらまで伝わってくる。
生徒会長室を退出した役員たちにもクレイグが紅茶を振る舞うと、疲れた頭脳に紅茶が染み、感激した役員たちが口々にお礼を述べていた。
すると生徒会長室に残っているラウルから、「マーガレット嬢、どうぞ」と声が掛かった。
マーガレットが生徒会長室へと足を踏み入れると、ラウルは生徒会長だけが座ることを許された高級な革張りの椅子に腰かけ、ふぅと溜め息をこぼしていた。
マーガレットが入室したことに気が付いたラウルは、微かに笑みを浮かべる。
「すまん、待たせたな。来週のパーティの件が立て込んでいて、やっと片付いたところだ」
「いえ……大変興味深かったですわ。生徒会の大変さが身近に感じられました」
「だったら、マーガレット嬢も生徒会に入ってみないか?」
「え?」
突然のラウルからの誘いに、マーガレットは長い睫毛を瞬かせて面食らった。
確かゲームのラウルルートだと、生徒会に入ったアリスはラウルに劣らぬ采配で問題を解決し、一目置かれる存在になってラウルと恋に落ちていくんだった。
アリスと一緒に入るのも楽しそうと一瞬思ったマーガレットだったが、すぐにマーガレットの脳裏に怒り狂うゼファーの顔が思い浮かんで背筋が凍りつく。
私が生徒会に入ったら、酷い目に合うのはきっとラウル様だわ。
もう誰も、犠牲になんてさせやしない。
マーガレットはいつもの気品漂う穏やかな微笑みを浮かべる。
笑顔ではあるが、眉は申し訳なさそうに下がっていた。
「お話は大変うれしいのですが、私は生徒会にはいないほうが宜しいかと。いろいろとご迷惑を掛けてしまうかもしれません」
「……あー、例のあの御方か」
「はい、その御方です」
「すまん」
ラウルが口にした簡潔な詫びの言葉に、マーガレットはそれが心の底からの謝罪だと感じ取り、静かに頷いた。
ゼファーの無慈悲な行いは、どうやらラウルの耳にも届いているようだ。
「それよりも、今日はラウル様に折り入って相談がありまして」
すると、仄かに香る淹れたての紅茶を手に、クレイグが静かな足取りでマーガレットのもとへと運んできた。マーガレットとの会話に集中しているラウルのもとにも、紅茶を「どうぞ」と差し出す。
ラウルは紅茶を受け取ると「ああ、ありがとう」と目を向けることなく、礼を述べた。ラウルに一礼したクレイグは、マーガレットの背後の定位置へと滑るように控えていく。
ラウルは紅茶を口に含み、「うむ、上手いな」とひと言呟いてから話を振った。
「それで、相談というのは何だ?」
「はい、生徒会でお忙しいラウル様に大変恐縮なのですが、実は……」
マーガレットはティーカップの縁を指でなぞっていた手を止め、長い睫毛を伏せて静かに息を吐く。
翡翠色の瞳はどこか憂いを帯びており、その瞳に惹きつけられるようにラウルはマーガレットから目を離すことができない。
「……実は」
マーガレットの声は震えていて、ローゼンブルク王国を揺るがすような重大な告白を予感させた。
まさか、ゼファー殿下への復讐に手を貸せとか言うんじゃないだろうな。
息を呑むラウルに、マーガレットが告げたのは――
「私、カレーが食べたいのですっ!」
「……は?」
蚊が鳴いたようなラウルの声には、困惑と脱力が入り混じっていた。