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第184話 天賦の才

 マーガレットは、シャルロッテの引き起こした いじめイベントが腑に落ちず、 訝しげに首を傾げた。


 シャルロッテって、マティアスルートの恋敵ライバルキャラよね。

 アリスはアヴェルと仲が良いはずなのに、どうしてシャルロッテが対立しているの?

 対立するのなら、アヴェルルートの恋敵(ライバル)の私のはずだけど。

 それとも、私の知らないところでアリスはマティアスとも仲が良い?


 いえ、長年親しくしてきた友人だからこそ、わかるわ。

 このシャルロッテなら……!


「シャルロッテっ‼」


 マーガレットの悪役令嬢たる迫力ある声に、シャルロッテもアリスも、その場にいた取り巻きたちまでもが、ビクリと肩を跳ね上げる。


「あなたまさか……弟のアヴィを取られたくなくって、こんな幼稚なことをしたのではないでしょうね!?」

「そ、そんなこと……ない、です、よぉ」


 マーガレットの切り込むような鋭い指摘に、シャルロッテは薄紫色の瞳を落ち着きなく揺らしている。


「ほら、ほらほらー、目が泳いでるじゃない。あなた、焼きもちで呼び出すとか……はーあ、みっともない!」

「うっ。だってだって、最近のアヴィったら、ワタクシとお話ししてくれないんですもの。ワタクシが話しかけても、すぐに上の空でどこかに行ってしまうし…… それなのに、そちらのバートレットさんとは楽しそうにお話していて、ちょっと怒ってしまっただけなのですッ」


 目を伏せて涙を堪えるシャルロッテの様子から、噓偽りないと感じたマーガレットは、これ以上責める気にはなれなかった。マーガレットは小さく唸ると一歩踏み出し、シャルロッテの耳元でそっと囁いた。


「アヴィだって年頃なのですもの。もしかしたらアリスさんにゴニョゴニョ……」

「えぇっ!? そうなのかしら、どうなのかしら? でもアヴィはまだ、あなたのことを好きな気がするのですけど」


 シャルロッテは眉を寄せて静かに思案を巡らせた。

 一方、『好き』と言われたマーガレットは、驚くこともなく平然と言葉を滑らせる。


「アヴィと私は仲良しの幼馴染みというだけよ。というか、私はあなたの兄の婚約者なのだけど」

「あっ! そうでした。ゼファーお兄様にこんなことを言ったとバレたら怒られてしまいますっ」


 血の気を失ったシャルロッテは淡い桃色の髪を揺らしながら、兄の恐怖に身をすくませた。その様子を見たマーガレットは、不意にシャルロッテの子供の頃を思い出し、くちびるを綻ばせて静かに笑みをこぼした。


「シャルロッテったら。あなたは私より年上なのだから、しっかりしてちょうだい」

「年上ってひとつだけでしょう」

「そのひとつで、昔はいつも年上ぶってたじゃない」

「もうっ、マーガレットの意地悪っ……ふふふっ」


 ふと気づけば、二人は屈託のない笑顔を浮かべ、和やかな空気に包まれていた。

 アリスも取り巻きたちも二人の空気感に付いていけずに、口を開けて呆然と佇んでいる。その後ろで控えているクレイグとミゲルの従者組は、いつものことと温かく見守っていた。



「あ、そうだわ!」


 シャルロッテは何かを思い付いたらしく、穏やかな笑顔をたたえてアリスに優しく話しかけた。


「バートレットさん、アヴェルとはどんなお話をしているの?」


 もう今さら隠す必要もないからか、シャルロッテは真っ直ぐな瞳で弟との会話の内容について率直に尋ねた。

 マーガレット自身も、アリスとアヴェルがどんな会話をしていたか気になっていたため、興味津々で目を輝かせている。


 高貴な二人の好奇心に満ちた眼差しから、もう逃げられないと悟ったアリスは、苦い笑いを浮かべながらゆっくりと口を開く。


「私がアヴェル殿下とお話しさせて頂いたのは、世間話程度のものです。『学園には慣れたか』とか、『マーガレット様と仲良くしているか』とか」


 その場にいた者たちは、頷きながら黙ってアリスの言葉に耳を傾けている。


「それと、その……」


 突然口を閉ざし、何か躊躇(ちゅうちょ)したアリスは、そっとマーガレットに目を向けた。


 え、何……私?


「その、マーガレット様はよく無茶をなさるので、お転婆をしないかクレイグさんと一緒によく見守っていてほしいと……」


「え゛ぇっ!?」

「ぷっ、ふふ、ふふふ」


 シャルロッテは口元を隠して、王女らしく上品に大笑いし始めた。不意に高く裏返ったマーガレットの声が、笑いの琴線に触れてしまったらしい。

 くすくすとこぼれる笑い声が、部屋の空気を一気に柔らかくした。


 幼馴染みからお転婆認定されていることを知ったマーガレットは、戸惑いを隠せず、静かに頭を抱える。


「私って、そんなに危なっかしいかしら?」

「ふふっ、どうなのでしょう。でもあなたの後ろで、クレイグは何度も頷いていますけど」

「クレイグは心配性の塊だから、数に入れないで」


 胸に手を当て、安堵の溜め息をこぼしたシャルロッテは、不意に穏やかな表情を浮かべる。それは紛れもなく、弟を心配する優しい姉の顔だった。


「アヴィはマーガレットのことを心配していたのですね。ふふ、やっぱり……もうっ、ニコールがアヴィが狙われてるなんて言うから、勘違いしてしまいました」


 ニコールという名を聞いたマーガレットは、耳を疑うように眉をひそめる。


 ニコールって、子供の頃にシャルロッテのお茶会で会ったニコールのこと?

 王妃の姪であるニコールは相変わらずやりたい放題らしく、良いウワサは聞いたことがない。

 まさか、そのニコールの入れ知恵なの? 何か怪しいわね。


 しかめっ面のマーガレットの横で、シャルロッテはアリスと向き合うと、控えめに頭を下げる。それは王女が平民に示す、最上の礼儀の形だった。


「バートレットさん。こんなところに呼び出して、怖い思いをさせて本当に申し訳ありません」


 王女シャルロッテの謝罪に倣い、取り巻きたちも控えめに頭を下げ、謝罪の意を示した。王族からの謝罪に面食らったアリスは慌てふためき、手を小刻みに振って狼狽うろたえる。


「そんなシャルロッテ殿下。皆さんもお気になさらないでください。私の態度も勘違いさせてしまったのだと思いますので」


 しかしそのアリスの動揺の眼差しは、シャルロッテの内に眠っていた庇護の精神を揺さぶった。胸を突くような衝撃を受けたシャルロッテは力強く頷き、確信に満ちた声を響かせた。


「なるほど! マーガレットがバートレットさんを擁護する理由も、アヴィが気に掛ける気持ちもわかったかもしれませんっ。

何だかあなた……ちょっと守ってあげたくなる妙なオーラをお持ちですね? 賜物(カリスマ)の特性かしら」


 シャルロッテの鋭くも真実を貫いた言葉に、目を見張ったマーガレットは心の中で惜しみない拍手と喝采を送る。


 すごいわ、シャルロッテ。

 乙女ゲームのヒロインが共通して持つであろう、天賦の才に気が付くだなんて!


 シャルロッテは隠された秘密を解き明かすかのように、アリスの顔を探るように見つめている。しかし飽きてしまったのか、その美しい顔に燦然と輝く笑顔を咲かせた。


「なるほど。これはアレですね。ワタクシもバートレットさんと友人になるしかないです……バートレットさん、いいえアリスさん。ワタクシとお友達になってください」

「は、はいっ。私などでよかったら、よろしくお願いしますっ」


 こうして半ば強引ではあるが、アリスとシャルロッテは友人となり、二度目の『いじめイベント』はどうにか円満に解決した。


 私と仲良くなった時も果たし状を送り付けてきたし、シャルロッテって友人になりたい人に喧嘩を売る性分なのかしら?




お読みいただきありがとうございます。


次は――

前世の『ある食べ物』が食べたくて(たま)らないマーガレットは、

どういうわけか、生徒会室へと参じます。

しかし、クレイグがまさかの人物から気に入られてしまい……

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