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第179話 遠き日の追想

 久方ぶりの再会を果たしたマーガレットと生徒会長のラウルは、噴水の前で昔話に花を咲かせていた。

 ラウルは余裕に満ちた笑みで上機嫌に言葉を紡ぐ。


「マーガレット嬢の兄君の茶会でお会いした頃が、遠い昔のようですよ」

「ふふ、あの時は失礼いたしました」

「私としてもあの時の失言をお許しください。ご令嬢にかける言葉ではありませんでしたから」


 二人の会話に耳を傾けていたフェデリコ先生は、オリーブグリーンの髪をなびかせながら不意に顔を覗かせる。


「あー、あのイグナシオが嫌々やったお茶会かあ。懐かしいな。アヴェル殿下も覚えていますか?」

「もちろん覚えています。いつも遊びに行っていたフランツィスカ家に、招待状を持って行くなんて違和感がありましたから」


 四人は九年前を懐かしみ、少年少女だった昔の余韻にしばし思いを馳せる。


 楽しげな語らいの中でただひとり、そのお茶会に参加していないアリスだけがひっそりと疎外感に苛まれていた。その孤独を瞬時に感じ取ったマーガレットは、アリスの肩に優しく手を添える。


「アヴァンシーニ生徒会長。こちらはアリス・バートレットさんです。生徒会長ならご存知かもしれませんが、彼女は」

「ああ、もちろん知っている。初めまして、バートレット嬢。特待生というのは、毎年トラブルに巻き込まれがちだ。

そのうえ、治癒の賜物(カリスマ)まで宿した君は、様々な方面から嫉妬を買いやすいだろう。何かあったら一人で考え込まずに、先生でも私でもいいから、誰かに相談するように」

「はい。ありがとうございます、アヴァンシーニ生徒会長」


 アリスとラウルの会話を満足げに眺めていたマーガレットは、心の中で喜びのガッツポーズを決めた。


 よし! これでラウルとも会って登場イベント達成コンプリートね。

 ゲームのスタート地点に立ったばかりだけど、アリスはどの殿方を選ぶのかしら。今のところ、特定の誰かに好意を持っているような素振りはないみたい。

 あ、それとも二年で登場するあの二人?


 これから始まる乙女ゲームにマーガレットが頬を緩ませていると、アリスと談笑していたラウルが突然、マーガレットに声をかける。


「おい、隣でニヤついている君もだ、フランツィスカ嬢」

「え?」

「君も次期王太子妃という特殊な立場なのだから、気を付けるように」

「え、あ、はい。アヴァンシーニ生徒会長」


 するとラウルは赤茶の髪を軽く掻き上げながら、深い溜め息をこぼした。


「はーあ。そのアヴァンシーニ生徒会長というのは長くて、私は……いいや『俺』は嫌いだ。そうだ、俺のことはラウルでいい。それと生徒会長も長いからやめてくれ。俺も、君たちのことはマーガレット嬢とアリス嬢と呼ばせてもらうぞ!」


 毅然としたラウルの声音が中庭に響くと、その場にいる全員の視線が一斉にラウルへと引き寄せられる。

 その威風堂々たる立ち居振る舞いは、その場を支配する王者の風格を漂わせ、マーガレットとアリスは反射的に首を縦に振って同意を示す。


「「わかりました、ラウル様」」

 返事はきれいに重なり、驚いた二人は顔を見合わせて笑い合う。


 突然、『俺』の一人称を使い出したラウルは、髪を払ったついでに公爵令息としての建前も払ってしまったようである。

 一気に距離を縮めた男女を感知したフェデリコは微かに肩を震わせ、小さな驚きを落とした。


「うわあ、ちょっと目を離した隙に、女子と名前で呼び合ってる。有無を言わさず相手の懐に入り込むラウル君の手腕は、相変わらずだなー」

「俺なんて大したことはないですよ。

フェデリコ先生こそ、また新しい『魔法式波長(まほうしきはちょう)』とかいうのを発見して、学会で発表するのでしょう?」

「うーん、まあそうなんだけど、それが何の役に立つんだって他の教授方に言われちゃって、ボクは肩身が狭いんだ」


 え、『魔法式波長』って……もう発見しちゃってるの?。

 確かゲームだと、親しくなったアリスに応援してもらって、その場で偶然『魔法式波長』を発見するんじゃなかったかしら。

 シナリオ的にはちょっと違うけど、どうにかアリスをこの話に絡めたい。


「フェデリコ先生、アリスは入学試験で一位だったんですよ。アリスなら何か閃くかもしれません」

「えぇっ、どうしてそれを!?」


 マーガレットが順位を知っていることにアリスは心底驚いたが、マーガレットは答えることなくフェデリコに視線を送っている。

 するとフェデリコもその話題に興味をそそられたのか、前のめりに会話に参入する。


「お、そうなんだ。じゃあ今度、僕の書いた『魔法流動学』についての論文を持ってくるから感想を聞かせてほしいな」

「え、魔法、りゅうどう……?」


 聞いたこともない専門学術にアリスが頭上に『疑問符』を浮かべていると、察したらしいアヴェルがマーガレットを諫めた。


「こらこら、マーガレット。バートレット嬢が困っているじゃないか。さっきから気になっていたのだが、どうしてバートレット嬢を皆に紹介したがるんだ?」

「え!? そ、それは…………お友達のアリスのことを皆に紹介したくって」


 実際のところは、紹介というよりも売り込みみたいになってたけど。

 それにしても、流石は幼馴染みのアヴィ。

 普段の私なら絶対にしないことをよくわかっているし、よく見ているわ。


 マーガレットの言葉に同意を示しつつ、アヴェルは優しく諭すような抑揚のある口調でゆっくりと会話を展開する。


「お友達……そうか。久しぶりの友人に会えて嬉しい気持ちはわかるが、それでバートレット嬢を困らせては元も子もないだろう?」

「それもそうね、ごめんなさいアリス。私ったらあなたに会えたことが嬉しくって、ちょっぴり暴走してしまったみたい」

「いえ、マーガレット様が私のことをそんな風に思っていてくださって、とても光栄です」


 そんな三人の様子を、鋭い視線を送りながらラウルは観察していた。

 囁くような、耳に届かぬほどの微かな声で何かブツブツと呟いたその直後、ラウルは突然アヴェルに切り出した。


「アヴェル殿下、突然で恐縮なのですが生徒会に入りませんか?」

「え?」

「あなたのその観察眼。そして的確な応対力。ぜひ生徒会で活かしてみませんか? あなたこそ、来年の生徒会を率いる『生徒会長』に相応しい」

「……大変身に余る申し出ではありますが」


 アヴェルが断りの文言を言い終わる前に、ラウルは次の一手を打つ。


「確か、兄君のゼファー殿下も生徒会長を務められたと記憶しています。ぜひアヴェル殿下も」


 瞬間、アヴェルの紫色の瞳が一瞬細くなり、暗く揺らめいた。


 アヴェルとゼファーの兄弟仲は表面上は良いように見えるものの、公式の場以外で二人が会話したところを、マーガレットは目にしたことがない。


 やはり私がゼファー様と婚約したことが原因なのだろうか。


 不意に責任を感じたマーガレットは、アヴェルとラウルの間にひょこっと顔を出す。


「ラウル様、アヴィはどこのクラブに入るか決めかねているところです。まだ生徒会しか知らない状態で決断してしまうのは、平等ではないと思うのですが」

「……確かに。まだクラブ紹介も明日に控えている状況で、生徒会を念押しするのは平等ではなかったな。アヴェル殿下、申し訳ありませんでした」


 マーガレットの横やりに驚いたラウルだったが、生徒会長として恥じた行為だと素直に反省し、アヴェルに向かって頭を下げた。

 それを目にしたアヴェルのほうが面食らって焦り出す。


「気にしないでください。それに俺には皆を見通す観察眼なんてありません。俺に観察眼があるとすれば、マーガレットにのみですね。他の人のことはさっぱり」

「もうアヴィったら、それだと私が単純みたいじゃない」


 仲睦まじく談笑しているマーガレットとアヴェルを見ていたアリスは、入学式でのある出来事を思い出した――


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